後始末 6
暫し時間が経って、王妃様の指示でメイドさんたちがわらわらと部屋に入ってきて、テーブルの上の冷めたお茶やお菓子を新しい物に入れ変えていきました。
父様たちはちょっと放心しながら、お茶を口に運びます。
ナディアお祖母様はいつも通りだけど、白銀と紫紺や真紅も人間たちのことは知りませんって態度だけど……他のみなさんは疲れた様子ながらも表情は明るくなったかも。
ぼくも、ミルクいっぱいの紅茶をフーフーしながら飲みます。
あちちち。
「しかし……ウィルの側にいる精霊が上級精霊なのだと、自覚したよ。あんなことができるとは」
王様が額に手を当てて、ムムムと難しいお顔をしました。
「あら、ウィルの護りには願ってもないことでしょ? これから王族として貴族たちや他国の者たちの前に出ることが増えるのです。いろいろな悪意から守ってもらえるなら重畳ですよ」
王妃様は王様の隣でニコニコして、ウィルフレッド殿下の頭の上にいるチョウチョの姿のダイアナさんを見つめます。
「まあ、穢れに対抗できるのは精霊だけだし。この城の中では人の悪意のほうが厄介だからな」
父様は、うんざりとした顔でカップの中のお茶を飲み干しました。
「何を他人事のように。ハーバードからの要請を受けてこれを認めておいた。ほら」
王様は父様に向かって白い封筒をポンと投げます。
でも、キャッチしたのはナディアお祖母様。
「これは、私が預かります。ギルも腹を括りなさい」
「母上……それはもしかして?」
ニッコリと無言で笑うナディアお祖母様が手に持つ封筒を、アルバート様が指差します。
「ギル兄! もしかして、それって爵位の、叙爵の……」
ゴクリと父様が王様へ顔を向けると、王様は親指を立ててサムズアップ。
「はあーっ。しょうがないか……。ヒューの怪我も治ったし、レンもいるし。馬鹿な分家は全て叩き潰したし。かわいい娘も生まれたし」
肩を落としながらブツブツ呟く父様だけど、言っている内容が段々身内自慢に変っているよ?
「ハーバードばかりでなく、ギルバートも王都にも訪れて顔を見せるように」
ふふんと胸を反らす王様に、王妃様と王弟様はクスクスと笑いを漏らす。
「はい。わかりました」
「父様! では、ヒューやレンとまた会えるのですね!」
ウィルフレッド殿下の嬉しそうな声に、ぼくと兄様も一緒にニッコリとしました。
「はい。父上と一緒に王都に参りましたら、必ずご挨拶に伺います」
なーんて和やかに話が進んでいたのに、チョウチョのダイアナさんがまたまたポワンと人化しました。
綺麗なお顔はちょっと怒っているみたいで、目が吊り上がって頬が膨らんでいますよ?
あれれ?
「聞いてないわよっ! ウィルとヒューが離れ離れになるなんて!」
プリプリとダイアナさんは怒りながら、ムシャムシャとテーブルの上のお菓子を両手で持って食べまくっています。
兄様がこそっとぼくの耳元で囁きました。
「あんな、お行儀悪いことしちゃダメだよ」
ぼくはコクリと小さく頷いて返事をしておきました。
「ちょっと、貴方! ヒューをここに置いていきなさい!」
ビシッと指差された父様は、勢いよく立ち上がって怒鳴り返します。
「できるかーっ! ヒューは俺のかわいい息子で後継ぎなんだぞ!」
「ちなみにウィルをブルーベル辺境伯領地に留めることはできないぞ」
ちゃっかり王様もダイアナさんにダメ出しをします。
ダイアナさんは、誰のだかわからないカップを掴むと、ングングと一気にお茶を飲み干しました。
「ぷはっ。じゃあ、どうすればいいのよ。こんなミスしたなんて、我が君にバレたら……ううーっ」
怒っていたダイアナさんが、今度は唇をキュッと結んで目をウルウルさせ始めました。
あれれ? 泣いちゃう?
「しろがね? しこん?」
こんな場合は、ぼくどうしらいいの?
「「放っておけ」」
二人の返事がとっても冷たいです!
ぶーっとなったぼくは、白銀と紫紺の背中をポスンポスンと軽く叩きました。
「レンを取り上げるつもりなら意地でも渡さないけどな」
「あっちの目的はヒューでしょ? ヒューが王都に残るわけないわ。しかもレンと離れてね」
「そうだね。僕はレンたちと一緒にブループールの街に帰るよ。王都では僕がやりたいことができないしね」
パチンとウィンクする兄様がかっこいい。
じゃなかった。
「でも、ダイアナしゃん……。ないちゃう」
ウィルフレッド殿下が真っ白なハンカチを持ってあたふたとしているけど、他の大人たちは冷静だ。
「どうして、ウィルとギルバートの息子を一緒にしておきたいのですか?」
今まで大人しく話を聞くだけだったアルヴィン様が、ふとダイアナさんに疑問をぶつけてみる。
「そ……それは」
ダイアナさんがスーッと視線を逸らしました。
「な……仲良くなったんだし……。そのう、ウィルのためにも……ねぇ?」
あ、嘘吐いて誤魔化している。
全員一致の意見です。
「ダイアナ。ヒューは辺境伯領で父君のような立派な騎士になるという目標があるんだ。僕はそんなヒューを応援しているんだよ?」
「ウィル……」
ダイアナさんが眉を下げた情けない顔でウィルフレッド殿下の名前を呟く。
「あー、よくわかんないけど、遊びに来ればいいじゃん。ヒューだってギル兄と一緒に何年かに一度は王都に来るつもりなんだろう?」
アルバート様のやけくそな提案に兄様は苦笑しながら頷いた。
「はい。ぼくも将来ブルーベル辺境伯を支える者として備えるために、王都には父上と一緒に来ます」
レンも一緒にね! とのお誘いに満面笑顔で返事します。
「あい!」
「ダイアナ。僕もなるべくブルーベル辺境伯領を訪れるようにするから」
頻繁には無理だけど……とウィルフレッド殿下が言うと、ダイアナさんは気持ちを切り替えるためか頭をブルンと一振りして立ち上がります。
「そうね、わかったわ。こうなったらウィルがヒューの所に遊びに行くわ! 貴方、ちゃんと歓待しなさいよね」
またまた、ズビシッと指差される父様。
「あ? ああ。まあ、ウィルフレッド殿下の世話はブルーベル辺境伯のハーバードに任せるけどな」
父様・・・それは後でハーバード様にめちゃくちゃ小言を言われるパターンなのでは?
だって、ナディアお祖母様のこめかみがピクピクしてますよ?
「母上大丈夫ですよ。そんなに短いスパンでは来られないでしょう? なんてたって我が領地は、辺境伯っていうぐらい遠いんだから。あーはははっ」
父様がダイアナさんに向けてわざと高笑いをしていると、ふふふとダイアナさんは含み笑いでやり返す。
「ウィル。大丈夫よ? 毎月でも十日毎でもかまわないわ。私が転移魔法で連れて行ってあげる」
「「「「なにーっ!!!!」」」」
「ふふふ。ウィルの他に十人でも二十人でも即座にヒューの所へ連れて行くわ! 転移魔法でね」
「なんで、そうなるーっ!」
その日、父様の絶叫がお城中に響き渡りました。