後始末 3
父様は、早いスピードで食事を口に運びながら主にウィルフレッド殿下に向けて事件のあらましを説明している。
僕たちが耳に入れても問題のない部分だけを抜粋して。
でも、僕とアリスターは罪を犯した者の処分がどういったものになったのか知っている。
フィルが迎えに来たときに渡された小さな紙片に書いてあり、その紙片をアリスターに渡し、読後こっそりと火魔法で燃やした。
そもそもの主犯であるジョスリンは、グランジュ公爵アルヴィン様と結婚したのは精神操作性の高い魔道具を操ってのこととして、王家と教会の判断で結婚は白紙に戻された。
今も昔もグランジュ公爵アルヴィン様の妻は亡くなられたエリカ様だけだ。
当然、グランジュ公爵家からジョスリンの名前は除籍される。
彼女とその息子ジャスパーは、元の伯爵家に籍を戻すことを拒否されて平民として罪を償うことに。
「……ま、平民なのに公爵家を乗っ取ろうとしたら……死罪だよなぁ」
僕とアリスターの二人は……ああ、ダイアナとの修行から逃げてきたディディもいたね。
僕たちは食事を終えた後、アリスターに割り当てられた部屋で密談中だ。
今頃レンは、お風呂で張り切って白銀を洗っている頃だろう。
「息子は修道院に終生身を置くことで命拾いしたがな」
ただし、ジャスパーは修道院に入るのに貴族のように高額の寄付金を納めたわけではないから、扱いは平民と同様となる。
しかも一生修道院から出られず、還俗も許されず、神官など役職に就くこともできず、万が一子を成すこともないように処置までされる。
「実家の伯爵家だってお咎めなしとはいかないだろう?」
アリスターが、サクッとクッキーを齧る。
「そうだね。周りがうるさいから、伯爵から子爵に降格されるかもしれない。お祖母様が残念がるだろうけど」
珍しくナディアお祖母様からの評判が高かった貴族なのに……。
「あとは……例の道化師を囲っていた奴等と、闇取引をしていた商会か?」
「ああ。ジョスリンに魔道具を融通したと思われる道化師との橋渡し役になった貴族とそのパーティーに参加していた貴族や商人たち。麻薬パーティーだったらしいし、それだけでも重罪だけどね」
アースホープ領で行われた子供の誘拐事件の首謀者である正体不明の道化師。
今回も何一つ手がかりを残さずに消えてしまったらしい。
懇意にしていた貴族たちもほとんど情報を持っていなかった。
「いや、麻薬で朦朧とさせて、自分の記憶を消したんだろう」
僕とレンが見た道化師の最後の姿は、大きな木の洞のような暗がりに吸い込まれるようにして消えていった……転移魔法に似ているかもしれない。
「ジョスリンの最初の嫁ぎ先である商会も取り潰しだし」
「しょうがないだろう? ご禁制の品を裏で取引をしていたんだ。しかも国外にまで。宰相様は頭を抱えていたらしいよ」
ただでさえ、末娘のエリカ様の婿であるアルヴィン様が巻き込まれて大変なときに、国際問題まで勃発してしまったのだ。
「最初の旦那の殺人もあるし。ジョスリンって女は怖いな。そんな女と文通してたって……亡くなったグランジュ公爵夫人ってどんな人だったんだろう」
僕は無言で紅茶を口に運ぶ。
亡くなったグランジュ公爵夫人の気持ちが、少しだけわかる気がしたからだ。
幼い頃から体が弱く、お茶会などに参加ができない少女に友達はいない。
高位貴族であるからこそ、使用人の子供や町の子供と交流を持つこともなく、同じ貴族子女としか交流が持てないのにも関わらず、外に出ることができない。
たまたま、同じ年頃で、同じ末っ子のジョスリンと知り合い、文通で近況を教え合い、二人だけのお茶会で出会う・・・それがエリカ嬢にとってどれだけ嬉しいことだったのか。
自分も足を怪我して、周りから人が居なくなって……ほんの僅かな友人とのやりとりがどれだけ嬉しかったことか。
たとえ、自分の地位を利用しようと優しい言葉をかけてくれていると、その思惑が透けて見えていても。
「……淋しくて、弱い人だったのかもね」
悪意が見え隠れする手を差し伸べられて、思わず握り返してしまうほどに。
結局、ウィルフレッド殿下に友達を作ろうと画策したことが、こんな大きな捕り物になるなんて、誰も思わなかった。
ジョスリンの生家は降格、麻薬パーティーを開き道化師に利用されていた貴族は、主催した家は取り潰し、参加した者は家を出され身分を失い、そして犯罪奴隷として労役につく。
商会は取り潰しはもちろん、財産も全て没収され、犯罪奴隷と成り下がる。
そして……王子宮の使用人たちは、一斉解雇される。
ただ、それだけだ。
しかし、ほとんどの者は貴族家の跡継ぎ以外の者で、既に兄弟が爵位を継いでいたとなると実家に戻ることもできない。
使用人たちの実家には解雇理由が通達されているから、王家の不興を買った者を家に引き取るわけがない。
「……彼らには一番辛い罰かもな」
彼らの「穢れ」、魔道具でもって増幅されたそれは、王族の側に仕えているというプライドだったのに。
「でも、同情はしない」
彼らのつまらないプライドの犠牲になったのは、まだ子供のウィルフレッド殿下だ。
「おい、ヒュー。顔が怖いぞ?」
アリスターの指摘に、両手で自分の頬をもにもにとほぐす。
「ちょっと、レンのことを考えてしまってね」
ウィルフレッド殿下と同様な仕打ちを与えられていたと思う、ぼくのかわいい弟。
許せない。
でも、レンを虐めていた奴らはどこにいるかわからないから、ついあの使用人たちへと怒りが向いてしまう。
「そろそろ、レンたちが風呂から上がってくるぞ。気を付けないと、にいたまこわーい! て言われちまうぞ」
わかっているから、ニヤニヤしながら言うなよっ!