後始末 2
フィルの案内でお屋敷に戻り、手を洗って嗽して夕ご飯を食べに行くと、食堂の長ーいテーブルに顔を伏せて座っている父様とアルバート様がいました。
あっ、お仕事が終わって帰ってこれたのかな?
「とうたまー」
パタパタと小走りで近寄っていくと、父様の頭がムクリと起き上がる。
「ひょえええっ」
そのお顔を見てぼくは走っていた足をピタリと止めて、悲鳴を上げてしまう。
「ん? なんだなんだ! どうした、レン?」
「とうたま……。おかお……へん」
変? と自分の顔をペタペタと触る父様と、そんなぼくたちのやりとりがうるさかったのかアルバート様もムクリと起き出した。
「ぎゃああああ」
アルバート様のお顔も変!
ぼくは、びええんと大粒の涙を零して兄様に抱き着いた。
「父様。アルバート叔父様。顔が……真っ青で隈がすごくて……死相が出ています」
「「えっ?」」
そうなの、父様たちのお顔が怖いの。
「生気が足りないな」
「疲れすぎね」
白銀は後ろ足で首をカシカシと掻きながら、紫紺はペロンと口の周りを舐めながら父様たちを評する。
「んむ。たしかに徹夜だったし、めちゃくちゃこき使われたし……。飯を食べたらすぐに休むとしよう」
「ギル兄、俺はもう働かないからな! 頼まれても捕り物に参加しないぞ!」
「俺だって行かないわ! そもそも王城には立派な騎士団があるだろうがっ」
どうやら、父様たちは悪いことをした人たちを取り調べをしたけど、実際に懲らしめに行くことはなさそうです。
「ほらほら、いつまでだらしない姿を晒しているのですか。お食事を運びますよ」
同じくお城で働いてきたはずのフィルは、いつもと変わらずピシッとした姿で、ぐでぇとしている父様とアルバート様の背中をバシンと強めに叩いた。
「イテッ」
悶絶するアルバート様と、恨めし気にフィルの背中を目で追う父様。
「あら、賑やかね」
そこへ、ナディアお祖母様と着替えられたウィルフレッド殿下とダイアナさんが登場しました。
「母上。昨日の今日で……お元気ですね」
「本当に。母さんだってそれなりの年なのになー」
ピキンと張りつめた音がどこからか聞こえた気がして、キョロキョロと辺りを見回したぼくの両目を兄様がそっと手で覆う。
「にいたま?」
「うん。しばらくこうしてようね」
そして聞こえるアルバート様の悲鳴。
……何が起きているんだろう?
疲れた顔をしながらも、モリモリと肉料理を口に運ぶ父様と、何故か両頬が真っ赤に腫れているアルバート様。
「レン、もう少し食べようね」
「あい」
切り分けた赤身のお肉をフォークで差し出されて、大きな口をあーんと開けた。
モグモグ、おいちい。
「では、アルヴィン叔父様は療養されていたらお元気になられるのですね」
「ええ。悪いモノはそこのダイアナが浄化しましたし、栄養取ってゆっくりと休んだらお元気になられるはずです」
父様の話に、ウィルフレッド殿下はホッとした顔で微笑んだ。
食事中にする話ではないが、と父様は前置きしたうえで、今までにわかったことを教えてくれた。
父様とアルバート様はご飯を食べたらすぐに眠りたいんだもんね。
王子宮の中をダイアナさんの協力で探したら、「穢れ」塗れの魔道具が幾つも出てきた。
ジョスリンが王子宮の使用人たちへプレゼントとして渡した小さい宝石が付いたガラスペンがそうだった。
全て回収した後、魔道具を調べる役人さんの恨めしい目を浴びながら、ダイアナさんが一瞬で浄化しました。
「あいつらの魔道具狂いは変わらないねぇ。俺が王国騎士団所属だったときも、怪しい魔道具の解明に寝食忘れて没頭していたからな……」
父様が昔を思い出してしみじみと語りだしました。
「レンは大人になったら、魔導士関係の就職は止めておこうね」
兄様の笑顔が眩しいけど……なんで?
「寝食も忘れて仕事をするなんて、早死にしてしまうよ」
ぷうっと兄様の両頬が膨れます。
「……ぼく、おおきくなっても、にいたまといっしょ」
パアアアッと花が咲くように笑う兄様が尊いです!
「レン! レン! と……父様とは?」
「レン、こっちのお魚も食べようねぇ。はい、あーん」
あーんって口を大きく開けたら、父様にお返事できないよ?
「ギル。早く報告を済ませて眠りなさい。ウザいわよ」
「ウザッ……酷いな母上」
父様の話の続きでは、しばらく体を癒す必要のある王弟アルヴィン様は王宮で過ごされます。
グランジュ公爵邸の使用人も、若く美しいグランジュ公爵夫人の死に悲しみを募らせ瘴気に侵されてしまったので、「穢れ」は浄化されましたが失った体力を取り戻すため。しばらくは療養されるそう。
グランジュ公爵邸は主たちが居ないまま、王宮の使用人が交代で管理をするそう。
「では、僕が王宮に戻ったらアルヴィン叔父様とお会いできますね」
「そうですね。その頃にはお元気になられていると思いますよ。ああ……殿下は十日ぐらいはこちらに滞在してください」
「穢れ」のことで王宮は大忙しなのですが、ウィルフレッド殿下をお迎えする準備も急ピッチで進められているらしい。
エルドレッド殿下の大号令で。
「エル兄様……」
恥ずかしそうにお顔を真っ赤に染めたウィルフレッド殿下は、とっても嬉しそうでした。