闇の精霊 8
なぜウィルフレッド殿下は、「穢れ」から逃れられたのか?
「レンはウィルフレッド殿下は大丈夫って言ってたね」
兄様がぼくの両手をそっと握って聞いてきた。
「あい。ウィルさま。きれいなひかり、つつまれてりゅの」
ウィルフレッド殿下の周りには薄っすらとキレイな光の膜があるように見えた。
その周りに黒いモヤモヤがいっぱい付いてたけど……。
ウィルフレッド殿下と最初に会ったときのことを思い出して、ぼくは両腕を手で摩った。
鳥肌が立っちゃった。
「ふむ。何か護符や守護の魔道具でも持っていたのか?」
瑠璃の憶測に陛下は腕を組んでしばらく考えた後、頭を振った。
「いいや。そんな特別なモノは渡していない、王族らしい守護の魔道具の類は身に付けさせていたが……」
それなら、王弟で王族の一員であるアルヴィン様も同じだったらしい。
ウムムムとみんなで唸っていると、楽しそうにダイアナさんがクスクスと笑い出した。
「考えても無駄よ。あの子は瘴気に強いと思っていればいいわ。そっちの子は少し瘴気に影響を受けすぎよ。父上みたいに精進なさいな」
ピンッと指で額を弾かれた兄様は、両手でオデコを押さえて口をへの字に結んだ。
「ならば、ウィルは穢れに侵されることはないのか?」
「ええ。さすがに他の者を浄化する能力はないけど、本人には影響はないわ。それに、浄化なら、坊やができるものね」
ニッコリ。
ダイアナさんの満面の笑みを向けられて、ぼくはちょっぴり頬が赤くなってしまった。
「んゆっ」
「これ、ダイアナ。レンを揶揄うでない」
瑠璃が胸に深く抱き込んでぼくの姿をダイアナさんから隠してくれる。
なんか「グルル」と白銀たちが唸っている声が聞こえるんだけど?
「あら、揶揄ってなどいないわ。その坊やは特別だもの。私たち精霊の力の一部が使えてもおかしくないでしょ? それに水の王から話は聞いているし」
瑠璃の腕の隙間から覗いたダイアナさんは艶があって黒い髪をふわさっと掻き上げる。
水の王って……水の精霊王様のこと?
「もしかして、僕の足を治したときのことですか?」
「ええ。そうらしいわね。坊やを通じて水の王は力を増幅させたと言っていたわ」
そうだったけ?
確かに、兄様の体に触れたぼくの両手から、治癒の力と浄化の力が流れ出ていたかもしれないけど……浄化のやり方なんて知らないよ?
「あんたねー! こっちが大人しくしていたら、ベラベラと。黙ってなさいよ、レンのことは!」
「そうだぞ! ただでさえ俺とか聖獣とかと契約していて面倒な立場なんだ。これ以上厄介なことはいらねぇんだよっ」
「あらあら、こわーい」
怖いと言いながら、白銀と紫紺の恫喝にクスクスと相変わらず笑っている。
「よせよせ。ダイアナよ。レンのことは今は見逃せ。まだ小さいからな、力を使うことは制限されているのじゃ。お前たちも落ち着け」
ボコンボコンと白銀と紫紺の頭を叩いた瑠璃は、ダイアナさんに優しく語りかけた。
優しく? そうぼくには聞こえたけど、ダイアナさんは突然居住まいを正して、真剣な顔で瑠璃にペコリと頭を下げた。
「申し訳ございません」
「よいよい。……二度はないぞ」
あれれ? 不思議に思って瑠璃の顔を仰ぎ見たら、とってもイケメンな顔で優しく微笑んでくれました!
……父様ってば、なんでブルブル震えながらお茶を飲んでいるの? すっごく零れているけど?
その後、まだ仕事がある……というかダイアナさんのおかげでやることが増えた父様と王様とフィルを残して、ぼくたちはダイアナさんの転移魔法で王都屋敷に戻ることにしました。
瑠璃もお屋敷まで一緒に戻って、帰るのはぼくが眠ってからにしてくれるそうです。
やったね!
「ちょっ、ギル兄。離してよっ。俺も帰りたいし寝たいって」
「待て待て! お前もリンも協力していけっ。こんな幾つも捕り物があるのに、お前らを帰すわけ無いだろう?」
「フィル叔父さん! 叔父さんが不在なら、俺が王都屋敷に戻りますから……離してくださいよーっ」
「お前の代わりなどあの屋敷にはいっぱいいるわ。こんの半人前がっ! いいから、手伝っていけ」
……アルバート様たちもお仕事みたいです。
頑張って!
次の日、ぼくと兄様は少しお寝坊してしまいました。
ナディアお祖母様は「仕方ないわ」と笑って許してくれたけど、ウィルフレッド殿下はぼくたちと朝ご飯が食べれず淋しかったそう。
エルドレッド様も連日屋敷に押しかけることはせず、今頃はお城でいっぱい働いていると思います。
……働いてください。
父様とアルバート様とリンが帰ってこられるように。
兄様と一緒に遅めの朝ご飯を食べた後、狼や猫の形に整えられた植木があるお庭を散歩します。
白銀と紫紺と、半分眠ったままの真紅も連れて。
途中でウィルフレッド殿下と合流しました。
「おはようございます」
「お、はよーごじゃいます」
兄様を真似して胸に手を当ててペコリと頭を下げてみました。
「おっととと」
幼児の頭は重いから、バランスを崩してでんぐり返しするところだった。
焦った白銀がぼくの前に走り出て、危険を察知した紫紺がぼくのシャツを咥えて引っ張ってくれたのでセーフです。
「大丈夫か? レン」
「あい」
てへへへと恥ずかしさを笑って誤魔化してしまえ。
ウィルフレッド殿下のハーフアップした黒髪にリボンのように闇の精霊ダイアナさんがチョウチョの姿でピタッと止まっている。
思わず、じーっと凝視しちゃった。
「ウィルフレッド殿下。そのう……蝶のことですが……」
「……この子のこと?」
兄様にしては珍しく言い淀む。
あれ? ウィルフレッド殿下は、チョウチョの正体のことナディアお祖母様に聞いてないのかな?
微妙な空気が流れたぼくたちの間を、揶揄うようにチョウチョがヒラヒラと飛び回る。
そして、ポワンと白い煙とともに黒いロングドレス姿の美女、ダイアナさんが登場した。
「昨日ぶりね」
バチンとウィンクされたけど……。
ダイアナさんの艶やかな姿は、あまりお昼の陽射しで緑が眩しいお庭に似合わなかった。
「あら? 坊や、何か失礼なことでも考えたかしら?」
ぼくは慌ててブンブンと頭を激しく左右に振りました!