闇の精霊 7
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今回の騒ぎの元凶であるジョスリンの部屋から発見された黒い皮の手帳。
闇の上級精霊のダイアナから生じた黒い何かに包まれて、ぼんやりと空中に何かが映し出される。
どこかの貴族の屋敷の庭だろうか? 丁寧に整備されたその庭に、白、ピンク、オレンジと色鮮やかな花が咲き誇っていた。
その花に囲まれて、少女たちが小さなお茶会を楽しんでいる。
一人はちょっとふくよかで幼いながらも表情に険が滲む少女と、細く痩せすぎな大人し気な少女の二人。
「これは……もしかして、エリカ嬢か? そして……ジョスリン」
陛下の呟きと同時に映像が切り替わる。
やっぱりどこかの屋敷の一室だろう、少女の部屋らしい可愛らしい調度品の数々に色合いの部屋。
さきほどの少女、エリカ嬢と思われる少女が少し成長して手紙を書いている。
宛先は、ジョスリン。
「二人は知り合いだったのか?」
「そういえば、宰相から聞いたことがあった。娘のエリカ嬢は体が弱く社交ができないせいで友達がいなかったが……幼い頃から文通していた友がいたと……」
また、映像が切り替わるが、今度は二人の少女が大人になりそれぞれの結婚生活の様子が並べて映し出される。
エリカ嬢は王弟アルヴィンと一緒に庭を散策したり、部屋で本を読んだり、穏やかで幸せに包まれた生活。
ジョスリンは商会に嫁いだものの、勝手に商品を持ち出し、夫と義父母と喧嘩をする毎日。
そして……。
「まさか、ジョスリンが嫁いだ商会が闇取引に手を出していたとは……」
「陛下、すぐに調べたほうがいいでしょう」
「うむ」
陛下の頷きにフィルがそっと部屋を出て行った。
そして次に映し出されたのは……二人の少女が迎えた「死」の場面。
エリカ嬢が儚く微笑んで、愛する夫であるアルヴィンに別れを告げている。
アルヴィンの慟哭に、陛下の目も赤くなる。
ジョスリンの場合は夫の「死」だが……。
「まさか! ジョスリンは自分の夫を殺したのか!?」
あまりにも商会の商品や金に手を出し過ぎたジョスリンは、離縁される前に夫を殺し、たんまりと遺産を毟り取っていった。
息子ジャスパーと生家に戻るが、冷遇され離れに押し込められる。
「問題はここからだな」
じっと真実を見極めるようギルバートは目を凝らした。
まずは、愛する妻を失ったアルヴィンの姿が映しだされる。
「あっ!」
そこに、エリカ嬢の親友だと言いジョスリンが姿を現した。
「ふむ。アルヴィンに自分も愛する夫を失ったと言い近づき同情を買ったのだな」
陛下が忌々しく顔を歪める。
そして、場面は変わりジョスリンがある屋敷を訪れる。
「これは……例の大道芸人と懇意にしていた……」
貴族の庭で賑やかに催される芸人の芸に、やんややんやと喝采が上がる。
「あの道化師!」
ヒューバートが指差したのは、あのアースホープ領で行われた子供誘拐の犯人である男と同じペインティングをしたピエロの男。
レンも眉を寄せて、その男の姿をじーっと見つめている。
ピエロの男は人と人の間を踊るように通り抜けていくが、特定の人物にはわからないように何かを渡している。
場面は薄暗く怪しい地下室のような部屋に切り替わる。
モクモクと白い煙が部屋のあちこちから昇っている。
「まさか……麻薬か?」
アルバートが煙の元である煙管や葉を細かく刻んだ薬包の中身を注意深く観察する。
「ジョスリンがいるな」
恍惚とした表情で座っているジョスリンの傍らにはピエロの男。
そして渡される指輪型の魔道具が二つ。
「あ! やっぱり」
思わずギルバートが立ち上がり、そっと部屋に戻ってきたフィルに両肩を掴まれ座らされる。
その後は、ジョスリンが薬入りの酒を持ってグランジュ公爵邸を訪れ、酔ったアルヴィンに指輪を嵌め操り始めるところや、ジャスパーが公爵家の権威を使い傍若無人に下位貴族の子息を甚振っていく様。
アルヴィンの妻を失った悲しみが魔道具によって瘴気となり、その「穢れ」がグランジュ公爵邸の使用人に伝播していく様子。
ジョスリンとジャスパーの公爵邸での振る舞いの酷さ。
そして……ピエロの男が一度だけ、グランジュ公爵邸を訪ねてきた。
「ま……まさかっ!」
今度は、陛下がソファーから立ち上がる。
ナディアが無表情で陛下の上着の裾を引っ張り、再び座らせる。
アルヴィンと再婚しても、王家から正式な公爵夫人として認められず、息子ジャスパーも公爵家に入れることができなかった。
このまま予定通りにアルヴィンを弑したとしても、公爵家の莫大な遺産を手に入れることができない。
そこで考えたのは、王家のいらない王子をアルヴィンの養子に迎え入れ、傀儡にしてやろうと。
「いらない王子……ウィルフレッド殿下のことか?」
その企みでもってウィルフレッドが住む王子宮に足しげく通うようになる。
そこには、ピエロの男から貰ったある魔道具を持参して。
「王子宮にそんな魔道具が!」
ギルバートと陛下の叫びにフィルがまたまた無言で部屋を出て行った。
最初はジョスリンたちからウィルフレッドを守っていた使用人たちの態度が少しずつ変わっていく。
そして、ウィルフレッドへの扱いも酷くなっていく。
「まるで……虐待じゃないか!」
アルバートの吐き捨てるような叫びに、レンの体がビクンと跳ねる。
やがて、ジョスリンの手元にアルヴィンのサインを偽造した養子縁組の書類が揃ったところで、映像はブツリと切れてしまった。
「どうやら、これでおしまいみたいね」
ダイアナさんの言葉に、大人組みは「はあーっ」と深いため息を吐いた。
「大丈夫か、レン」
瑠璃は抱っこをしていたレンの微かな震えに、心配そうに眉を下げた。
「あい。らいじょーぶ」
足元の白銀と紫紺もソファーに前足をかけ、後ろ足で立ち上がってレンの様子を窺う。
「レン?」
かわいい弟の怯えた様子に、ヒューバートは原因であろうテーブルの上の黒い手帳を睨んだ。
これが、グランジュ公爵家乗っ取りと「穢れ」が蔓延する経緯だった。
「しかし、なんでウィルフレッド殿下は穢れなかったのかね?」
アルバートの何気ない疑問が、大人組の顔に不快気なシワを浮かべることになる。