事件発生 2
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「あれ?ジュリさん、どうしました?ヒューバート様とレン様は?」
荷物を馬車に置いて戻ってきた騎士に、ジュリと呼ばれたまだ若いメイドは、目に涙をいっぱいに溜めて叫ぶように助けを求めた。
「いないんです。どこにも、お店にも、通りにも。お二人とも…いないんです!」
「はあ?あ、あいつはどうしました?ダミアンは?」
メイドはフルフルと頭を振り、とうとう嗚咽を漏らし始めた。
「おい、ここを見ろ」
もう一人の騎士が道の一ヵ所を示す。
そこには強い力の圧で残った轍の痕と、蹴りこんだときにできたと思われる靴跡。
「ん?ヒューバート様はこちらの道に行かれたのか?」
「バカッ!ヒューバート様が急に行く店を変更するわけないだろっ。もしかして、連れ去られた?」
「バカはお前だろう?確かにダミアンは、剣の腕はたいした腕ではないが、一応騎士たぞ?そうそう護衛対象を拐れないだろう?」
「……。もしかしてダミアンは…奴らの仲間だったのでは?」
二人の騎士は顔を見合わせ、すぐに行動に移した。
「俺はジュリさんと一緒に馬車で屋敷に戻る。団長に報告しなければ!」
「俺は馬で轍の痕を追う。誰かがヒューバート様たちを見ているかもしれない」
お互い頷くと、馬車の預かり所まで走り出す。
メイドのジュリは騎士の肩に担がれたが、それにも気づかずにぐすぐすと鼻を鳴らして泣いていた。
「んゆ?」
目を開けたら薄暗い何もない部屋だった。
ここ、どこ?
「いちゃい」
なんか、頭が痛い…。
あ、知らない馬車に投げ込まれたときに頭を打ったんだ…。
でも口の周りがヒリヒリするのは、なぜ?
小さな手で頭を押さえると、ぽこんと膨れてるのが分かる。
たんこぶができてる。
「レン?気が付いた?」
後ろから聞こえた兄様の声。
ぐるっと振り向くと、兄様は手足を縛られて拘束され、床にゴロンと転がっていた。
そして、口の周りが擦れて赤くなっている。床には手巾が二本落ちていた。
「あんまり大きな声は出さないで。奴らが部屋に来るかもしれない」
「あい」
たぶん、猿轡を噛まされていたのを、兄様が外してくれたんだ。
ぼくは兄様の後ろに回って、力の弱い小さな手で縛られている縄と格闘する。
「レン。すぐに父様たちが助けにきてくれるから、大丈夫だからね」
「あい。しろがね、しこん。たすけ、くる」
父様たちがここがどこか分からなくても、白銀と紫紺はここが分かる。ぼくと二人は繋がっているから。
だから、大丈夫!助けは絶対に来るよ!それまで、ぼくが兄様を守らなきゃ。
……この縄の結び目、ものすごく固いんだけど……。
「そうだね。白銀と紫紺も来てくれるね」
「あい」
たぶん、白銀がトラブル起こしてなければ、すぐに来てくれると思うよ。
うんしょ、うんしょと縄の結び目を弄っていたら、少しずつだけど緩んできたみたい。よし、もっと頑張るぞ!
「レン、誰かくる」
「ぴゃっ」
ばっと兄様から少し離れると、扉がバンと乱暴に開けられた。
ヒューバートと共に出掛けていた護衛の騎士が、騎士団本部の団長室に駆け込んできたときは、流石のギルバートも驚いて声が出なかった。
しかし、その騎士の報告を聞いた途端、けたたましい音を立てて立ち上がる。
「なんだとっ!」
「すみません。もう一人が追跡できるところまで追っていますが、今のところは何も分かっていません。ただ……ダミアンが奴らの仲間なのは間違いないようです」
片膝を付き頭を下げながら、彼はメイドのジュリの話をギルバートたちに聞かせる。
今、この団長室では今晩のある大捕り物に備えて、副団長、団参謀、各隊長が集まっていた。
「団長。奴らの動きは無いですよ。別口なのでは?」
「今、同時期に別々に動くなんて、ありえないだろう?逸った奴らが動いたのでは?」
「……」
ギルバートとしては、今ここで騎士団が動けば、ずっと内密に準備していた企みが水泡と帰してしまうことが理解できていた。
このことは辺境伯領にとって、とても大事な局面なのだ。それこそ、前辺境伯の時代からの…。
(ヒューバート、レン……。俺はどうすればいい…?)
唇を噛みしめ、握りこんだ掌から血が滲みだすギルバートの頭を、横にいた副団長のゴツゴツした拳がゴツンと叩いた。
「あ、イタッ」
「あいた、ではないわっ。何をしている!早く助けに行かんか!お前の子供たちだろうがっ」
「しかし……。作戦が…」
もうひとつ、ガゴッと痛そうな音をさせて副団長が団長を殴る。
同席している他の騎士たちは痛そうに顔を歪ませた。
「作戦など、儂にまかせればいいだろう。これでも前騎士団長なのだぞ。団長になってそこそこのお前とは年季が違うわっ、馬鹿者!おい、お前ら!作戦は今から開始だっ。準備はできてるな!」
コクコクと高速で頷く騎士たち。
ギルバートは目を丸くして驚く。
「いやいや、まだ作戦には早い…イテ、イテテ。叩かないでくださいよっ。しかも作戦遂行に団長不在だなんて…」
「あー、ぐちぐちうるさいのぅ。お前は自分のことを考えいっ。そちらの案件も同じだろうよ。なら、別動隊として動けばいい。辺境伯も文句は言わんだろう。早く…行ってやれ」
「……いえ、あまりこちらに騎士を割くわけにはいかないので…。おい、冒険者ギルドに行って冒険者の白銀と紫紺を呼んで来い。ヒューバートたちが拐された場所で合流する」
「はっ!……しかし依頼中の場合は?」
「レンが呼んでいると言えばすぐに来る。それ以外は話すなよ。拐れたと知ったら勝手に行動するからな。では、副団長…あとは頼みます」
ギルバートは深く腰を折り頭を下げると、自分の剣を手に持ち風のように駆け出した。
騎士団本部を出るまでに、何人かの騎士に直接声をかけ同行を命じる。
(待ってろよ。必ず俺が助け出してやる。ヒューバート、レン、無事でいてくれ……)
ぬっと外から部屋に入ってきた男は、大柄で人相が悪く酒臭かった。
じろりと二人を睨みつけると、ニヤァと唇をひん曲げて笑う。
「大人しくしているか?ガキ共」
ドシドシと無遠慮に歩き、面白そうにレンの頭を小突きだした。
「やめろっ」
「ああ?うるせぇなっ」
バシンと平手で頬を叩かれるヒューバート。
「にいたま!」
ガバァと自分の体で覆って兄様を守ろうとしたけど、簡単にバシッと手で払われて、ぼくは床に転がった。
「いいか、お前は命さえあれば何してもいいって言われてんだ。生意気な口をきくんじゃねぇよ。チビ、お前もだ。お前は何してもいいつーか、殺してほしいそうだからな。身代金が手に入るまでは生かしておいてやるよっ」
悪いおじさんは、ガハハハと品無く笑って、ゲシッと兄様の体を蹴って部屋から出て行った。
ぼくは兄様が心配なのと、何もできなくて悔しいのとで顔がくちゃくちゃになるほど眉を顰めた。
「にいたま。にいたま。だいじょぶ?」
「ああ…。ちょっと痛いけど、大丈夫だよ。それよりレンは?」
「だいじょぶ……。?」
「どうしたの?」
…なんか、兄様のキラキラ金髪に、もっとキラキラピカピカしたのが、ふたつ、くっついてるんだけど、それなあに?
じぃぃぃぃぃっと、目眇めてよくよく見つめると、羽がヒラヒラ見えた…かな?
「むし?」
『しつれーなっ!むしじゃないわよっ』
ん?なんか聞こえた?キョロキョロ。
「どうしたの?レン?何か見えるの?」
「うん。なんか、いるの」
そこ、と指差したらパアーッと光って、姿がハッキリ見えるようになった。兄様も眩しそうに目をパチパチしているから光ったのは分かったのかな?
「あ、妖精さん?」
『おまえ、おれたち、みえるのか?』
「うん、見えるし、聞こえるよ」
ぼくの指の先には、ロールパンぐらいの大きさの男の子と女の子。
青い髪に青い瞳で背中には蝶々のような薄羽がある、まさしく絵本で見る妖精さんがいた。