闇の精霊 6
闇の上級精霊、ダイアナさんに謝罪した後、仕切り直しにフィルがみんなにお茶を、ぼくにはホットミルクを淹れてくれました。
ふう、ふう、あちち。
「ほら、ふーふーしないと火傷するよ」
ぼくの手からカップを取り上げた兄様は、「ふーふー」と冷ましてくれる。
ちなみにぼくは瑠璃のお膝抱っこです。
白銀と紫紺が「ズルい、ズルい」と騒いだけど、瑠璃は本来の姿に戻れないからね、サイズ的に。
そうしたら、人化した瑠璃が座る場所がないんだもん。
だから、ぼくの座っていた場所を譲ってあげたんだよ?
「ぐぬぬぬぬ」
「ふわははは。レンは優しいなー」
白銀と紫紺がぼくの足元で前足で頭を抱えてうぐうぐしている。
真紅は兄様の手からようやく解放されて、ナディアお祖母様の隣に置いた籠の中でちんまりしてます。
「それで、ダイアナがわざわざこっちの世界に来るとは珍しいの?」
「ええ。私たち闇と光の上級精霊たちは光の精霊王様を守る精霊界の守護に当たっていますので、こちらには用がなければ来ませんわ」
ダイアナさんはさっきの怖い顔を笑顔に変え、背中から生えていた黒いニョロニョロも引っ込めていた。
「用とな? 話題に出ていた瘴気の件か? 儂もあれが蔓延している場所があるとは気づかんでな。迷惑をかけた」
瑠璃はダイアナさんに軽く頭を下げた後、ゲシッと白銀の横っ腹を軽く蹴っていた。
呻く白銀……痛そうです。
「いいえ。それはついでですわ。私は我が君の命で探し物をしにきたのです」
フフフと楽しそうにダイアナさんが笑うと、静かにお酒を垂らしたお茶を飲んでいた父様がビクンと体を揺らした。
……ダイアナさんの笑顔が寒気を感じるほど怖かったみたい。
びっくりしたぼくだけど、兄様はスンとした顔で父様を見ていた。
「……見つかったのか?」
「ええ、まあ。ああ、そうだわ。私、気に入った子がいたので、しばらくここに居ます」
「はあっ?」
父様が驚いて腰を浮かしかけた。
「あら? 何か不満でも?」
「……いいえ。ないです」
ブルブルと頭を振ると、ソファーに静かに座り直しました。
父様の言動が面白いことになっている。
「もしかして、その気に入った子とはウィルフレッド殿下のことですか?」
兄様の質問に、眼を半月形にして含み笑いをするダイアナさん。
「そうね、あの黒い子としばらく一緒にいるわ。でも、貴方のことも気に入っていてよ?」
「……ありがとうございます」
兄様は微妙な顔でお礼を言ったたけど、ダイアナさんが兄様にくっついていたら、水の妖精のチロの血管が切れるかもしれないから、ぼくは遠慮したいです。
「私の子を気に入ってくださったのは……僥倖ではあるが……」
陛下がちょっと眉を下げてダイアナさんの様子を窺う。
「貴方の子にとってもいいはずよ? 契約はしないけど、精霊が守護に付いたと喧伝してもよくってよ」
「陛下。ウィルフレッド殿下のためにも受け入れましょう。そうすれば、たとえ種族のことで何か言われようとも精霊の守護を得たことで相殺できます」
ナディアお祖母様の話に、陛下も難しい顔でうむうむと二回頷いて応える。
「そうだ、報告をしようと思っていたのだ。ブリリアント王家と妃の家系の中にエルフ族を見つけることができた。これでウィルフレッドのこともなんとかなりそうだ。いろいろとありがとうな」
陛下はニッコリと笑うと、ぼくへと手を伸ばして頭を撫でてくれました。
しかも、他国の王家とも連絡を取り、突然、他種族の特徴を持って生まれた子がいるかどうかも調べたんだって。
実は、結構そういう子供がいたみたい。
研究している学者さん? お医者さん? もいるみたいで、この国でもウィルフレッド殿下のことと合わせてその学説も公表するらしいです。
ウィルフレッド殿下のことは、これから伝達してお披露目して……と色々と大変なことになるので、上級精霊のダイアナさんが側にいるのはいいことだと思う……たぶん。
「しかし、今回のことはどこまで公表しますか? グランジュ公爵乗っ取りの企みと穢れのことと」
「うむ。ジョスリンの手帳だけでは、詳しいことがわからん。アルヴィンの奴が目覚めたら聴取をしたいものだが……」
長年、「穢れ」に侵されていた王弟様は、しばらくはベッドの住人のまま。
もしかしたら、指輪型の魔道具を使われた前後の記憶が曖昧かもしれないって父様と王様は渋い顔を突き合わせて話し合っていた。
「あら? 私が手を貸しましょうか?」
ダイアナさんが小指を立てて持っていたカップをソーサーに戻す。
「へ? どうやって」
「あら、私は闇の上級精霊よ。犯人の手帳とやらがあるのでしょう? そこから記憶を取り出し見せてあげるわ」
さあ、お出しなさいと手を出すダイアナさんに、父様と王様は目を白黒とさせた。
「さあ、早く!」
王様の懐から黒い手帳がシュッと飛んで出て、ダイアナさんの手のひらにパシンと収まった。
「「ああーっ!」」
父様と王様が情けない声を上げるけど、もうダイアナさんの手からは黒いニョロニョロが再び伸びて手帳をスッポリと覆ってしまった。
ぼくと兄様は何も言えずに固唾を飲んで、その様子を見ていました。