闇の精霊 4
黒いドレスの女の人は、伏目がちにゆっくりと息を吐いた。
「そうよ。穢れは瘴気のことよ。貴方たち神獣と聖獣が起こしたあの騒乱の元。生きているもの全てが生み出すことができる……負の感情の塊」
「負の感情だと?」
父様が眉を顰め、女の人に問いかける。
「ええ。そうね、あの子の穢れからは、怯えと怒りが感じられたわ。この邸に充満していたのは二つの感情。底のない欲望と癒せぬ悲しみよ」
「……悲しみ……」
王様が痛い顔をして、呟いた。
お部屋の中にいるみんながシンと静かになって、ムムムと難しい顔をしている。
ぼくは、兄様を守る任務も全うしたいけど、しょんぼりしている白銀も気になって、チラチラと後ろを振り向いていた。
「そもそも、負の感情が瘴気にまで成長しても何かを損ねるほどの力は持たないわ。相手に悲しみや怒りが伝染することがあっても、大きな争いを起こしたりや世界を滅するような力はないものだったの」
女の人はスラリと長い足を組み替えた。
「でも、この世界の瘴気は違う。ある理由で大きな力を得てしまった」
「大きな力?」
「貴方は人族の中でも上等な部類ね。負の感情に振り回されないしコントロールができる。でも他の者たちはもっと弱いの。誰もが負の感情を抱いてしまう。それは時間とともに形を変えたり消えてしまうけど……」
急に女の人は立ち上がると、白銀たちを指差し糾弾する。
「その瘴気に力を与えたのは貴方たち、神獣と聖獣よ! 争いに身を投じ幾つもの命を奪い、果てには瘴気に塗れた者たちに加護を与えた。だから……瘴気には神気が混じり……消すのに浄化するしかなくなったのよ!」
「グルル」
白銀は女の人からの断罪に悲し気に項垂れ、紫紺は喉を獰猛に鳴らした。
真紅はバサバサと落ち着きなく翼をはためかせている。
つまり……昔、白銀たちが暴れていたときに、黒いモヤモヤに神様の力を混ぜたから、あの黒いモヤモヤは強くなったってこと?
「あの方は、自分が創った神獣と聖獣の後始末に、我ら精霊を利用した。王という存在を新しく創り浄化の力を与えたのよ」
あの方ってシエル様のことだよね?
シエル様が強くなった黒いモヤモヤを倒すために、精霊王たちを創って浄化の力を与えたの? だから精霊たちしか浄化の力は使えないの?
ぼくの頭をパンク寸前だった。
いくら、前世の記憶があったとしても、前世もまだ子供だったから難しいことはわからないよー。
とにかく、ぼくは今、自分ができることをする!
兄様の手を握って、そのまま後ろにいる白銀たちの元へと、トテトテ走る。
そして、白銀の首に片腕で思いっきり抱き着いた。
「しろがね!」
「レン……」
白銀の銀色のもふもふを堪能した後、ぷはっと首を上げて今度は隣にいる紫紺の首に抱き着く。
「しこん!」
「……レン」
紫紺の涙声に胸がギューッと痛くなって、ぐりぐりと顔を紫紺のスベスベな毛並みに擦りつける。
「ピイッ」
真紅の泣き声が聞こえて顔を上げると、飛んできた真紅をパシッと兄様が片手に握っていた。
……兄様、真紅がかわいそうです。
<俺様だって、俺様だって……うえぇぇぇん>
ピイピイ、泣いてます。
「あら、嫌だ。そんな風に庇われたら、私が悪者みたいじゃない」
どこか面白そうに女の人は言った。
ぼくはちょっと強い視線を意識して、女の人に立ち向かう。
「めっ! しろがねとしこん、しんくをいじめないでー!」
白銀と紫紺、あと兄様の前で両手を広げて仁王立ちします。
「あらあら。私は虐めてなんかいないわよ。この世界に混沌をもたらして、後始末さえ人任せで呑気に生きている神獣と聖獣に文句を言っているだけよ」
「んゆ?」
あれ? なんか難しくて何を言っているのかわからないぞ。
「少しは自覚してもらわないと。なぜ光の精霊王と闇の精霊王、そしてそれぞれの精霊がこの世界で珍しいか知っている?」
ニッと両端に吊り上がった真っ赤な唇が怖いけど、ぼくは首を左右に振ってみせた。
「……神獣と聖獣のやらかしの後始末をした私たちの王は、未だにそのせいで眠りについているからよ!」
憎しみにギラつくその瞳に、ぼくは驚いて咄嗟に兄様の背中に隠れてしまった。