闇の精霊 3
チラリとアタシは窓の外に視線を送る。
見慣れた黒い鳥が、なにやら黒い触手のような細長いモノに絡め取られて藻掻いているのが見えた。
こちらに助けを求める何かを感じたが、アタシは無視することにした。
今は、それどころじゃないのよ。
目の前に座る女、闇の上級精霊だという嫌味な女が語ることに集中したいの。
あと、間違ってもレンと契約しないように、見張っておかないと。
白銀は頼りにならないし、真紅は……アンタはなんでここにいるのよ?
ギリッと睨みつけたアタシに向かって、フフンと鼻で笑った女は長い髪を指で弄びながら話だした。
「穢れは妖精や精霊が感じることができる、悪いモノよ」
ぼくは、黒い靄みたいに見れるけど? と首を傾げていると闇の精霊さんと目がバチンと合ってしまった。
「ふふふ。坊やは特別なのでしょうね。だって、聖属性や光属性の魔力を持つ神官たちですら、感じられないのだから」
そういえば、神官様たちもわからなかったよね、「穢れ」のこと。
兄様の怪我を治すこともできなかったし、呪われていたことにも気づかなかった。
母様やレイラ様が呪われていたのに気づかなかったのは、直接二人を診てないからだとしても、兄様の治療には神官様の中でも偉い人が診てくれたのに。
「確かに、ウィルフレッド殿下の使用人たちや王子宮についても神官たちは異常を感じなかった」
「あら? 坊やのことはうやむやにしたいの? 別にいいけど」
クスクスと父様に向かって、意味深に笑ってみせる。
王様が父様に緩く首を振って合図をする。
坊やって……ぼくのこと?
ぼくが「穢れ」を見ることができるのは、内緒にしておかないとダメなの?
「悪いモノ。でも神官たちが気付かないってことは、呪いの一種ではないのね?」
「ええ。もっと単純で根源的な……そして、貴方たち全てがそれを持っていると言っても過言ではないわ」
「えっ?」
「穢れ」はぼくたち全員が持っているモノ? でも兄様の「穢れ」はチョウチョが浄化したのに?
「待ってください。僕は過去二回、穢れに侵されて、精霊に浄化されました。なのに、僕も持っているのですか?」
「……ええ。残念だけど。確かに貴方の穢れを浄化したわよ。でも、貴方がこれから生み出すかもしれない穢れは浄化できないの」
「……これから、生み出す?」
父様とナディアお祖母様、アリスターまでもが、心配そうな目で兄様を見る。
え? 兄様が「穢れ」を生み出すってなあに?
「そんなこと、しにゃい!」
ぼくは、ソファーから立ち上がって、兄様の前で両手を広げてみせる。
ぼくが守るもん!
大好きな兄様のこと、あんな真っ黒な奴に負けないもん!
「まさか……穢れは、瘴気だというのか?」
後ろのほうから、低く小さな声が漏れ聞こえてきた。
「しろがね?」
前足を揃えてお座りしている白銀の頭は低く、項垂れていて、耳も尻尾もしょんぼり。
隣にいる紫紺が、そんな白銀の姿を恐ろしい顔で睨みつけていた。
「バカ言わないでよっ! あれは終わったはずよ。終わらせたじゃない。アタシたちは……」
「ピイッ」
籠の中で大人しくしていた真紅が飛び出してきて、泣きながら白銀の頭を突いて飛び回る。
<ふざけんなっ! あれは消えたんだ! 俺様の大事なもんと一緒に、消えたんだ!>
白銀は紫紺にお尻をゲシゲシと蹴られても、真紅にあちこち突かれても、その頭を上げることはなかった。
「瘴気って……なんだ?」
アルバート様のセリフだけが、みんなの頭の中を占めている。
瘴気って、なに?
ディディの体が小刻みに震えていた。
俺は慌ててディディのツルスベな体を抱っこする。
ただ、目だけはいつもとは違う状態の白銀と紫紺、真紅から離せなかった。
あの蝶がびっくりするぐらい怪しい雰囲気の女に人化したのにも驚いたけど、なぜか白銀たちに敵対心を持っているのにも戸惑った。
ディディに聞いても、理由はわからないそうだ。
どうやら、妖精、精霊の中でも属性によってその立場が違うらしい。
妖精は精霊に成長する前の姿で、そこから長い時間と修行を重ねて精霊となる。
精霊は下級精霊、中級精霊、上級精霊とランクがあり、ディディは中級精霊だが、中級にランクアップしたばかりでまだまだ弱いと言っていた。
そして、中級精霊の中でも時を重ねた精霊と上級精霊は人化することができる。
普段は自然の力を取り入れやすい生物の体を模しているそうだが、そこから人化できるかどうかで精霊の力が試される。
ディディが人化するのには、まだまだ時間がかかるとか……残念だけどな。
そして、属性だ。
火・水・風・土はお互いに均衡を保つ力関係であり、相互不干渉気味だという。
だが、その四つの属性より抜きん出ているのが、光と闇。
お互いが干渉し合い、相反する力でありながら一つになることで倍以上の力を発揮する光と闇。
精霊王たちは自然から生まれた妖精や精霊と違って、ある目的から創造神シエル様によって創られた。
神獣と聖獣の後に創られた精霊王、まず最初に創られたのは光の精霊王と闇の精霊王だった。
「でも……光の精霊王も闇の精霊王も、王様どころか精霊さえも発見されていないぞ?」
ディディも同じ精霊ではあるが、光と闇の精霊は会ったことかないとか。
妖精はたまに見かけることがあるが、ほぼ光と闇の精霊は下界には現れず、どこにそれぞれの精霊界があるのかも知られていない。
だが、ディディは怯えている。
初めて会った闇の精霊の、その強大な力に。
「ギャウ」
力無く鳴くディディの頭を撫でてやりながら、自分の相棒を守るために俺は精神を張りつめさせた。