闇の精霊 1
ようやく、王都屋敷から連れてきた使用人が温かい食事を用意してくれた。
頭も使ったから、俺の腹はペコペコだよ。
ん? あんまり待たせるとヒューとレンがかわいそうだったから?
いや……俺は随分前から食事を用意してほしいって……言ってたよね?
まあ、飯が食えればいいけど……解せないな。
解せない……そうだ、解せないよ。
あのジョスリンの部屋で発見した黒皮の手帳に書かれた内容。
それは、ジョスリンが犯した犯罪の記録だった。
「父様? 何かありましたか?」
レンのかわいい口にせっせっと食事を運んでいたヒューが、怪訝な顔をこちらに向ける。
「ああ……。ちょっとな」
「とうたま? ぼく、やくたたなかった?」
口の周りをトマトソースでべっちょり汚したレンが、困り顔でコテンと首を傾げる。
「いやいやいや。レンが蝶……じゃなかった、闇の精霊と浄化をしてくれたから、すっごく助かったよ!」
身振り手振りを大きく、レンのことを褒め称えると、「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「うん。ヒューも協力してくれて助かった」
「え? あ、はい」
ヒューも頬を少し赤く染めて微笑む。
うむ、息子たちが可愛い! 飯も旨い!
「ギル兄ーっ! 俺は? 俺も頑張ったぞー」
「俺もです」
スプーンを口に咥えて拗ねるなよ、いい大人が。
俺はアルバートとリンをさくっと無視して、白銀と紫紺にも礼を言った。
「俺たちはレンを守っただけだ」
「ええ。レンのためにやっただけよ」
つれないセリフだが、二人の尻尾が嬉しいと表現しちゃっている。
「あー、俺はしばらくここから離れられないな。ヒューたちは食べたら屋敷に帰りなさい」
俺はジョスリンの罪を城に報告に行かないといけないし、下手をしたら王子宮に忌まわしい魔道具が設置されていないか調べに行かないと……。
あとは、この手帳に書かれていたジョスリンの協力者、顔も知らない田舎の子爵家も調べないと、あれ? それ全部俺がやるのか?
「父様、何か手伝うことはありますか?」
「陛下に報告した後、ウィルフレッド殿下にも話を聞くことになる。ヒューたちはウィルフレッド殿下のケアを頼む」
陛下の話だと人見知りでシャイで無口で臆病で……騎士の俺が相手では竦んでしまうだろう。
「わかりました。一緒にエルドレッド殿下の相手もしておきます」
「あ、ああ、そうだな」
忘れていた。
王都屋敷には王太子のエルドレッド殿下がいたんだった。
「ふー」
まったく、とんでもない一日だ。
ヒューとレンたちはブルーベル辺境伯家の馬車で王都屋敷まで帰っていく。
ぶーぶーと文句を言っていたが、アルバートたちは俺の手足としてこき使うために、グランジュ公爵邸に残した。
アルヴィン様の容態は衰弱が激しいが、病の兆候はなくなっており、このまま安静にしていれば元気になるだろうとのこと。
念のため、神官にも診てもらったが、呪いの類にはかかっていないそうだ。
宮廷魔導士たちには、アルヴィン様の指輪とジョスリンの部屋で発見した指輪型の魔道具を持ち帰り調べてもらう。
ただ、ヒューの話では、アースホープ領で起った事件で使われていた笛の魔道具は、黒い靄が出ていったあと、その能力が無くなっていたという。
何かしらの残り香ぐらいは掴んでほしい。
「ギル兄。城にはいつ行くの?」
俺が城まで同行するように命じたアルバートは、つまらなさそうに聞いてきた。
「んー、明日の朝かな?」
「いや、それには及ばん!」
バンッと勢いよく扉が開かれ突然現れた人の姿に、俺は飲んでいた酒をブーッとアルバートの顔にぶっかけた。
「うわああっ! 何すんだよっ」
バカ、それどころじゃない! なんで気軽にこんな所まで足を運んでいるんだよ!
「へ……陛下」
「ああ。アルヴィンの容態が良くなったと聞いてな!」
…………それだけじゃないでしょう。
俺は、ソファーに座った陛下に酒を注ぎ、グランジュ公爵邸を訪れたときからの出来事を話して聞かす。
そしてジョスリンの部屋で発見した手帳、その書かれた内容の話になると、陛下の眉間に深いシワが刻まれた。
「その子爵がジョスリンを唆したのか?」
「いえ。正確には子爵が懇意にしていた大道芸人の一座です。息子の話ではアースホープ領の事件の首謀者はピエロの恰好をした男だったとか」
キャロルを人質にアリスターを使い子供を集め、キャロルの歌と魔道具の笛で子供を誘導していたピエロ。
その目的は不明だが、特に魔力の多い子供が連れ去られていたことを考えると、碌な目的ではないだろう。
「大道芸人がなぜ公爵位を狙ったんだ?」
そう、ジョスリンの再婚から始まったグランジュ公爵位を狙った犯罪。
それを明らかにしなければ、この犯罪を描いた奴らの狙いはわからない。
「精霊だけが浄化できるという穢れについてもわからないままで、八方塞がりです」
ウィルフレッド殿下とアルヴィン様を助けられたことだけは良かったが、その先を考えると頭が痛い。
グッとグラスの中の酒を呷る俺の顔の横を、ヒラヒラと蝶が飛んでいく。
「へ? なんで?」
あの蝶は……もしかして……。
「ふふふ。おバカさんたちね。私が教えてあげるわ、穢れのことを」
飛んでいる蝶を目で追っていたはずなのに、気がついたら陛下の横に黒いロングドレスを着た美しい女性が立っていた。
「おい! お前誰だ? どこから屋敷に入ったんだ!」
アルバートが立ち上がり剣の柄に手を伸ばす。
「こんばんはー」
「あら、陛下もいらっしゃったのね」
唖然とする俺の横を、レンを抱っこしたヒューと、真紅が入った籠を持つ母上と、白銀と紫紺が次々と通り過ぎて行く。
「へ? なんで? へ?」
…………俺、酒……飲み過ぎた?





