王弟 4
あまりの眩しさに両目をきつく瞑って、手で目を覆うように翳しそろそろと目を開いていく。
必死に唇を噛みしめて両手を伸ばしているレンの姿と、そのレンに寄り添う白銀と紫紺の姿が、霞んで見えた。
「父様?」
ヒューの訝し気な声にハッと意識をハッキリさせ、横に立つヒューの体に異常がないかパンパンとヒューの体を叩いてみる。
「いたっ。痛いですよ、父様」
すかさず、俺との距離を取り防御の構えをするヒュー。
お互い怪我もないし、異常も見られないな。
「アルバート! 異常はあるか?」
ひょこと開け放った扉から顔だけ覗かして首を振る。
「ない。大丈夫なのか? 凄い光の奔流が見られたけど」
「ああ。たぶんな」
その光の元はレンだろうし、レンの前髪にピタリと止まっている蝶……闇の精霊だろう。
「んんんんーっ、やあっ!」
レンの可愛い気合の声とともに蝶がフヨフヨとアルヴィン様の顔の上を旋回する。
不思議なことにアルヴィン様の顔色に血色がもどり、穏やかな寝息が聞こえてきた。
ボワッ! とアルヴィン様の左手の指輪から禍々しい黒い靄が出てくるのに驚く。
「なんだ?」
手に持っていた剣を構えてヒューを背中に庇う。
その黒い靄に向かって蝶が突進していき……シュッと消してしまった。
「なんだったんだ……」
何が起きているのか、何が悪いのかがまったくわからない。
「父様、アルヴィン様が……」
アルヴィン様の瞼がピクピクと動いて、今にも目覚めそうだ。
慌ててベッドの近くに駆け寄ると、レンの小さな体がグラリと傾き、ポテンとベッドの上に力無く転がってしまう。
「レン!」
ヒューの叫び声に反応して、アルヴィン様の目が薄っすらと開く。
「アルヴィン様? アルヴィン様!」
顔に近づいて名前を呼び続けると、パチパチと緩慢に瞬きをされたあと、俺の顔をじっと見つめられる。
「ギル?」
そう声なく呟くと、またすうーっと眠ってしまわれた。
「……大丈夫なのか?」
スースーと聞こえる寝息に首を捻りながらも、俺は次の手配を済ませよう。
まずは王家への連絡とジョスリンたちの拘束と……ブルーベル王都屋敷から使用人を幾人か連れてこないとこっちの屋敷の使用人は動けないだろう。
あとは……医者か?
「レン! レン!」
レンのことは心配だが、本当に心配で最優先したいが、ヒューに任せて俺はお仕事をしなければならない。
「はあーっ。やな仕事だ」
俺は部屋の外で待機しているアルバートたちに指示を出すべく、踵を返した。
ぼくの体から力が抜けるとチョウチョから力が注がれてを幾度が繰り返すと、部屋中に溢れた光も徐々に消えていった。
ああ……もう、大丈夫なのかな?
王弟様のお顔は穏やかになってきたし、黒いモヤモヤの人型は黒くなくなった。
綺麗な女の人が細い手で王弟様の頭を何度も何度も撫でて、愛おしそうに微笑んでいる。
誰なのかな? まるで母様がぼくを撫でてくれているようなあったかい気持ちに包まれて……ぼくは意識を失った。
「「レン!」」
白銀と紫紺がぼくの名前を呼ぶ。
「レン!」
兄様が大きな声でぼくの名前を叫ぶ。
大丈夫……大丈夫だよ?
ちょっとね、疲れちゃったの……。
さっき最後の力を振り絞って「やあっ!」て気合を入れたからね。
でも、そのおかげで王弟様に悪いことしてたモノがボワッとでてきたでしょう?
これで、このお屋敷の黒い嫌な感じもなくなるよ。
そうしたらウィル殿下も笑えるようになるかな?
ぼくは、父様と兄様のお役に立ったかな?
そうだったら……嬉しいな。
「大丈夫よ。悪しきモノは去り、悲しみはやがて昇華していくでしょう」
誰? 落ち着いた声の女の人?
「フフフ。貴方の頭にいたでしょ?」
頭? もしかして前髪に止まっていたキレイなアゲハ蝶みたいなチョウチョ?
「そうよ。キレイって、ありがとう。嬉しいわ」
ぼくの意識はゆっくりと下に落ちていくような感覚なんだけど、チョウチョと話しているぼくの意識はハッキリと覚醒していくみたい。
あれれれ?
「貴方の意識だけ、闇の精霊界に連れて来たの」
闇の精霊界? ハッ! そうだった。
チョウチョは闇の上位精霊だったんだ!
「ええ。闇の上級精霊よ。精霊王近くに侍ることが許された凄い精霊なんだから!」
んゆ? 落ち着いた大人の女性の印象が、なんだかちょっと……崩れた?
「んんっ。それより、あの忌々しい魔道具は壊したから王都は当分大丈夫よ」
魔道具? あの黒い靄がボワッて出てきたのは魔道具のせいなの?
あれ? そういえばあの黒い靄は前にも見たことがあるような……。
最初は兄様の怪我を治しているときに、兄様の腰の辺りからボワッと……。
次に見たのは、春花祭で起きた事件で子供を誘導するのに使った笛の中からボワッと……。
あれれれ? じゃあ、今度のことも誰かが悪いことをしたのかな?
「フフフ。そうね、そうかもしれないわ。でも貴方の力はまだ未熟だから、今はただお休みなさい」
フワッと暖かな優しい暗闇がぼくを包む。
「また……あえゆ?」
「ええ。会えるわ。というか、気に入った子がいたからしばらくはその子と一緒にいるわ」
むむむ? その気に入った子は兄様なのかな? それとも……。