王弟 2
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いつも、ありがとうございます。
さあ、王弟様のお屋敷を探検します!
ウィルフレッド殿下が住んでいた王子宮みたいに黒いモヤモヤに覆われているわけじゃないけど、人の気配がしないキレイな廃墟のようなお屋敷だなぁて感じた。
黒いモヤモヤ……「穢れ」もなんとなくあるのがわかる。
ぼくは、ポケットに手を突っ込んでチルからもらったピカピカどんぐりを出して、留守番役のアリスターたちと父様と兄様に一個ずつ渡します。
「しろがねとしこんは?」
二人は神獣と聖獣だけど、「穢れ」をキレイにする「浄化」の能力がないから、水の精霊王様が磨いてくれたどんぐりを持ってたら?
「いらん!」
「なんか、負けた気がするからいらないわ。レンはちゃんと持っているのよ」
……変なところでプライドを刺激してしまったのだろうか?
ぼくは手に残っていたピカピカどんぐりを、再びポケットにしまった。
いざとなったら、兄様の頭に飾りのごとく止まっているチョウチョにお願いしよう。
「レン……俺たちにもくれ」
「お願いします」
えーっ、だって最初に渡したときに「子供のいたずら?」て怒ったじゃないか。
ちょっとぶすくれた顔をしたぼくの前で、両手を合わせてペコペコと頭を下げる二人。
「もー、しょーがないなー」
アルバート様とリンにも一個ずつ渡してあげる。
「何をふざけている? 行くぞ」
父様は、誰もいないエントランスを抜いた剣を片手に奥へと進んでいく。
クンクン。
顔をあちこちに向けて鼻をヒクヒクとさせる白銀。
「んー、人はいるけど……動ける状態じゃなさそうだな。奥の厨房に二人、地下室に一人がまだ動いているが。たぶん使用人だろうな」
「だいぶ弱っているわね。怪我とか病気というより……気力がない? 生命力が枯渇気味で、このままだと死んじゃうわ」
紫紺が厳しく眇めた眼で、部屋の一角を睨む。
どうもその壁の向こうにある使用人部屋には、何人もの使用人がベッドに伏しているらしい。
「とりあえず、アルヴィン様にお会いしてから、お城に救援を頼もう」
「ジョスリン様とジャスパー様は、今までこの有様で生活していたのでしょうか?」
ジョスリン様たちは、今日の作戦に邪魔になるので王妃様が嫌々ながらもお茶会に招待したから、お屋敷にはいない。
「……長居はしないほうがいい。行くぞ」
父様は兄様からサッとぼくの体を奪うと抱っこして、足早に階段を登り奥へ奥へと進んでしまう。
「あ、父様! ズルイですよ」
兄様が小走りで父様の後を追ってくるのと、ガウガウッ、ガルルガルルと唸って走ってくる白銀と紫紺の姿が父様の肩越しに見えた。
なんだかな? 緊張した雰囲気がどこかへ行ってしまったよ?
父様はぼくを片手に抱っこして、空いた手で次々へと人様のお屋敷のお部屋の扉を開けていく。
「む? ここでもないか」
広い王弟様グランジュ公爵邸は、当然部屋数も多いので、アルヴィン様を探すのも一苦労です。
「んゆ?」
なんか、ざわざわとしました!
嫌な感じです! 黒いモヤモヤを見たときと似ています!
でも……ちょっと、違う?
「んゆゆ?」
「どうした、レン?」
男らしく整った顔の父様のドアップに、やや顎を引いたぼくは左側の奥のお部屋を指で示す。
「あっち」
なんか……嫌な感じがするの。
でも、王子宮で感じたムカムカする気持ちじゃなくて、ヒンヤリとしたツキツキとした痛みのような……深い深い悲しみのような……。
「あっち?」
父様は、逡巡したけどすぐにそのお部屋の扉をノックもしないで開け放った。
途端、ぼくたちにブワッ襲い掛かる冷たくて暗い気配。
「いやぁ」
ぼくは、恐怖から両目を強く瞑ってしまった。
レンが指差した部屋の扉を開けると、そこは天蓋ベッドがポツンと部屋の中央に置かれただけだった。
しかし、足元から這い上ってくる冷気に似た気配は、騎士として闘いに身を置いた者なら感じたことのあるものだ。
「死」の気配。
間違いなく、病に侵されたアルヴィン様の部屋だ。
両手でしっかりとレンを抱きしめ、一歩一歩慎重に部屋の中へと入っていく。
ヒューには部屋の外で待たせようと思ったが、強い視線で拒否された。
仕方ないのでアルバートとリンだけを部屋の外で待機させる。
白銀と紫紺もいつになく締まった顔で臨戦態勢になっているから、恐れる何かがあっても大丈夫だ……そう自分に言いきかした。
「アルヴィン様」
俺は、小さな声で彼に呼びかけるとゆっくりと天蓋を捲った。
ベッドの上には、青白い顔で目を閉じて微かに息を繰り返している王弟が横たわっていた。
「父様……」
「ああ……王弟のアルヴィン様で間違いない」
思ったよりも症状が重そうだ。
しかし、その病の原因をハッキリさせるために来たのだから、覚悟を決めなければならないな。
俺は眠っているアルヴィン様を起こそうと手を伸ばした。
「だめー!」
「レン?」
その手を、幼いレンの小さな手が力いっぱい掴んで止める。
「……くろいの……。くろいのが、あるの!」
レンの言葉にバッとアルヴィン様へと顔を向ける。
やはり、この病には裏があった。
レンが言う「黒いの」とは、「穢れ」のことだ。
「ヒュー」
「はい。蝶に浄化を頼みます」
ヒューの頭に髪飾りのように止まっている蝶は、幻の闇の上位精霊で「浄化」の力が使える。
「浄化」で「穢れ」を祓うことができたなら、アルヴィン様は元の健康な体に戻るはず。
「……かなちいの……」
逸る気持ちだった俺の耳にレンの涙声が響いた。
悲しい? なぜ? 誰が?
「かなちいの。かなちいから……くろいの……」