王弟 1
感想をいただきました。
ありがとうございます!
とっても嬉しいです。
今日は、おでかけの日です!
昨日はウィルフレッド殿下がお屋敷に遊びに来たから、外に出られなかったし。
ガタンゴトンと馬車に乗って、朝からおでかけ、楽しいな!
「るんるん」
「ご機嫌だね?」
隣に座った兄様が、ぼくの頭を優しく撫でてくれる。
ぼくが下手くそな鼻歌を歌っているので、足元の白銀と紫紺も尻尾をユラユラ、リズムをとっているよ。
馬車の中には、朝からブツブツ文句を言って不機嫌な父様と、抜群にカッコイイ兄様。
アリスターとディディもアルバート様たちと一緒に着いてきてくれている。
アドルフたちはお屋敷にウィルフレッド殿下がいらっしゃるので、護衛してます。
「なんで、こんなことになるんだ……」
「父様。いい加減諦めてください」
「できるか! なんで王都屋敷に第三王子と王太子がいるんだよーっ!」
父様が「うがーっ」と叫びだしたので、ぼくはビックリして白銀のふさふさ尻尾をギュッとしてしまった。
今日は、朝から王様の弟の公爵様のお屋敷へ行くことになっていた。
問題は、昨日からブルーベル辺境伯王都屋敷に滞在することになったウィルフレッド殿下の護衛。
実は、ブルーベル辺境伯騎士団と騎士団長の父様がいるから、王家からの護衛は派遣されてなかった。
でも、ぼくたちと父様が屋敷を離れるなら護衛を増やさないとダメですね、となって王城から応援に来たのが……。
「王太子様がご自分の護衛を引き連れてきたのだから、しょうがないじゃないですか」
「うん」
朝も早くから「おはよー」と屋敷を訪れたのは、いい笑顔のエルドレッド殿下だった。
そして、小動物みたいに小さなお口でモグモグと朝ご飯を食べていたウィルフレッド殿下を一目見て、大号泣。
ぼくたちは、殿下たち二人がゆっくりとお話しできるように、そっとお屋敷を出立したのだ。
「それに、ナディアお祖母様がいらっしゃいますから、大丈夫ですよ」
「俺が帰る頃には、いなくなってるよな?」
うーん、それはどうだろう? ぼくが兄様の横顔を窺うと、兄様は張り付けた笑顔で止まっていた。
うん……エルドレッド殿下は今日、お泊りしていくかもね……。
そして、兄様の頭には例のアゲハ蝶がピトッと止まっている。
だから、チョウチョと仲が悪いというか、チロが一方的に嫌っているんだけども、チロは兄様に近づけない。
せっかく、「穢れ」がなくなっていつもの定位置に戻れたのにね。
『チル! じょうか、おぼえるわよ!』
『え? むり。あれ、せーれーのわざ、だろう?』
『いいのよ! おぼえるの! あいつより、じょうずに、なるの』
ぼくの右肩で怒れるチロが、チルの首を絞めてユサユサ激しく揺らしているけど……チル大丈夫?
そう、王弟様のお屋敷が王子宮のように黒いモヤモヤでいっぱいだったときのために、チョウチョに一緒にきてもらったの。
チョウチョは「浄化」ができるからね!
みんなでお願いしても無視されたけど、兄様が頼んだらちょっと考えたあと、着いてきてくれた。
黒いモヤモヤが見えるのはぼくとチルとチロ、ディディだけだから、責任重大!
「チル、チロ、がんばろーね!」
『いや、レン、たすけてよー』
ぼく、ちゃんと父様と兄様たちの役に立つんだー!
ちっ。
馬車に揺られて、お城と我がブルーベル辺境伯王都屋敷の中間地点に建てられている王弟殿下、グランジュ公爵邸に到着した。
門番のいない門を素通りし、屋敷の前で馬車を降りたんだけど……。
父様め、馬車を降りるときちゃっかりレンを抱っこして降りて行った。
僕がレンを抱っこしようと思っていたのに。
しょうがないから、一人で馬車のステップを降りて行く。
朝から落ち込み気味だった父様は、まるで精神を安定させるぬいぐるみのようにレンを抱っこして頬ずりしている。
なに、それ。
とっても羨ましい。
紫紺は呆れた顔で欠伸を噛み殺して、白銀は父様の足に纏わりついてレンを奪還しようとしている。
「ヒュー」
不安そうな声で、アリスターとディディが僕の後ろに付く。
レンも最初は、可愛い絵本に描かれていそうな屋敷に瞳を輝かしていたけど、ぐるりと周りを見回して気づいてしまったみたいだ。
荒れ果てた手入れのされていない庭、門番と使用人の姿が見えない公爵邸の異常さに。
仮令ブルーベル辺境伯の紋章入りの馬車でも、案内もなくここまで入り込まれても騎士の一人も出てこない。
屋敷もなんだか鬱蒼とした暗い雰囲気を背負っているようで、僕の眼には不気味に映った。
レンも怯えるように父様の上着をギュッと握っている。
……父様、ずるいです。
「まさか、ここまで酷い状態だとは……。陛下たちはこの惨状を知っているのか?」
父様があちこちに視線を飛ばして首を捻った。
「とりあえず、案内もないが中に入ろう。誰かはいるだろう……。ここにはアリスターとミックとザカリーが待機だ」
「え? ヒューが行くなら俺も行きます!」
父様の指示にアリスターが異を唱える。
「ダメだ。穢れがあるだろう? ディディは嫌がって中に入らないだろう。それにチルとチロも無理だろうしな」
父様の視線がレンの右肩に移る。
アリスターの足元にいるディディも、父様の意見に同意するように屋敷に背を向けている。
「ミックとザカリーは身分の問題だな。陛下の許しがあるとはいえ、公爵邸に無断で入ることになる。念のためここで待機だ」
屋敷の中に入るのは、父様と僕、レン、アルバート叔父様とリン。
「行くぞ」
「「「はい」」」
「あい!」
颯爽と歩き出した父様の腕を咄嗟に掴む。
「ん? どうした、ヒュー」
「どうした、じゃありません」
レンを抱っこしたままで屋敷の中に入ろうとしないでください!
レンを降ろしてください。
僕と手を繋いで行こうね、レン。