ウィルフレッド殿下 6
兄様の「穢れ」が消えた?
「にいたま……」
「どうしたの?」
兄様が眉を心配そうに潜めてぼくの顔を見つめるけど、それどころじゃないよ。
「あの……あのね」
チョウチョが兄様の「穢れ」を消してくれたみたい……と言う前に、アリスターに救助されたチロが飛び込んできた。
『ヒュー! ヒュー! ああ、やっとさわれるぅぅぅ』
兄様の肩に降り立ったチロは、兄様のスベスベほっぺにスリスリと顔を擦りつけている。
「チロ?」
「にいたま。けがれ、ないない」
「え?」
ぼくが兄様の頭の上で寛いでいるチョウチョを指差す。
「え? ヒューの穢れをあの蝶々が浄化したって?」
兄様の後ろでディディを抱いて、なにやらごにょごにょと話していたアリスターが驚いている。
「え? 僕の穢れが浄化されたの? 蝶々が浄化したの?」
兄様も衝撃の事実に目を白黒させている。
『そうよ。くやしいけど、あいつがやったの』
チロが両頬をプクッと膨らませた。
「……ということは、この蝶々は、精霊なのかい?」
兄様の問いにチロが顔をプイッと背けながら頷いた。
「「ええーっ!」」
ビックリだよ! 大きな黒いアゲハ蝶もどきは精霊さんでした?
ぼくたちの声に驚いたのか、チョウチョはパッと兄様の頭から飛び立って、フヨフヨとぼくの前に。
「んゆ?」
フヨフヨ。
ちょっと探るようにぼくの周りを飛んだあと、フヨフヨと白銀と紫紺の前に飛んでいき、二人の前で嫌がるように急旋回。
そのままアリスターとディディの周りをフヨフヨして、兄様のところに戻ってきてフヨフヨ。
「なにしてんだ?」
「さあ?」
アリスターは、ディディを抱っこして兄様と一緒にチョウチョの動きを目で追って行く。
「ギャウギャウウ」
「え?」
フヨフヨと、今度はウィルフレッド殿下の方へ飛んでいくチョウチョ。
ウィルフレッド殿下は自分へと向かってくるチョウチョが怖かったのか、ギュッと両目を瞑っていた。
チョウチョはウィルフレッド殿下の周りをフヨフヨと楽しそうに飛んだあと、頭の天辺にピトッと止まる。
まるで、リボンのように。
「かーいいの」
ぼくがその姿にほっこりとしていると、アリスターがディディとウィルフレッド殿下を見比べる。
「え? ウソだろう? あの蝶々が精霊? しかもディディより上の上級精霊? でも属性がわからないって?」
「ギャーウゥ」
アリスターの言葉に白銀と紫紺は「あーあ」という顔をしてみせた。
「バレたか」
「バレたわね」
ぼくは何がなんだかわからなくて、首を傾げてた。
「白銀と紫紺は、あの蝶々の正体を知っていたのかい?」
兄様の質問に二人は顔を見合わせたあと、力なく答えた。
「上級精霊だな」
「それも、闇の精霊よ」
お城で胃の痛くなる話し合いをしてきて、しかも藪蛇ともいえる仕事まで押し付けられてきて、心身ともにぐったりとして帰ってきて、また問題。
あれ? 俺ってば何か悪いことでもしたかなぁ?
「ギルバート?」
「ハハハ、母上。もうブループールに帰りたいです」
ワッと両手で顔を覆う。
結局、ウィルフレッド殿下はしばらく王都屋敷で預かることになった。
屋敷の警備は昨日のうちに見直しておいたし、アルバートには冒険者パーティーとして正式に指名依頼を出した。
王子宮の使用人たちも牢にぶち込んで、殿下がどのようにして過ごしていたのかも証拠をしっかりと掴んだ。
あとは、関わり合いたくないがアルヴィン様のことだけ……と思っていたのに。
いや、ヒューの「穢れ」が浄化されたことは喜ばしい。
喜ばしいが……。
既にウィルフレッド殿下は母上たちと夕食は済ませ、客室で休んでいる。
ここにいるのは、俺と母上、アルバートとリン、フィルにヒューとレン、白銀と紫紺だ。
「どうして、うちに闇の上級精霊がいるんですか? 闇の精霊って存在しているんですか?」
「ギル。現実から目を背けない。いるんだから、しょうがないでしょう」
母上のように割り切れないでしょうが!
「ヒューの話では、闇の精霊様は蝶の姿でヒューの穢れを祓ってくれたのよ。今はウィルフレッド殿下と共におられるわ」
「……本当に闇の精霊で?」
アリスターと契約しているディディの話では、中級のディディより上位の精霊であることは確かだそうだ。
そして、白銀と紫紺の見立てで「闇の精霊」だと……。
俺は恨めしい目付きで白銀と紫紺を睨みつける。
「おい、なんでそんな目でみる? 俺たちと関係ないぞ? むしろ……むぐっ」
「おバカ! それは言わなくてもいいの!」
なんだ? 何か隠していることがあるのか?
俺はチラッとレンの様子を窺う。
夕食を食べた後で、少し眠そうだな。
俺はそおーっと白銀と紫紺に身を寄せて、小声で話しかける。
「その精霊は大丈夫なのか?」
「……レンと契約しないように牽制はしておいたぞ?」
「そうね。興味はあるけど契約はしないと思うわ。させないし」
うん、レンが蝶が精霊だと知ったら契約……じゃなかった、友達になろうとしていただろう。
それが嫌で白銀と紫紺は、レンに蝶が精霊だと教えなかったんだな。
うむ、まずは一つの懸案事項が減ったようだ。
「でも、あのエルフのガキのことは気に入ってるみたいだ」
「そうね。頭に止まって魔力の交換をしてたみたいよ、本人の了承もナシに」
「……それって、殿下と契約するかもしれないのか?」
白銀と紫紺は俺の問いには首を傾げただけで、ふわわわっと大きな欠伸をする。
ああー、レンに関係なければどうでもいいんだな……お前たちは。
「父様?」
「ん? ああ、すまなかった。ところで、陛下からのお願いだが、どうする?」
そう、王弟に関する疑惑を奏上した俺は、そのあとのことは人に任せるつもりだった。
なのに……宰相めー、あのタヌキ爺!
「レン。レンはどうしたい? 怖かったら断ってもいいんだよ? チロと僕だけで行ってくるよ」
「ううん。ぼくもいくー! がんばるのー」
むんっと両腕を持ち上げてポーズを決めるレンが可愛い! 可愛いすぎる!
はあーっ、なんでこんなに可愛い我が子たちを問題があるだろう王弟の屋敷に連れて行かなければいけないんだ……。
レンと妖精たちにしか「穢れ」が目視できないからって……。
はあーっ、俺……何か悪いことでもしたんだろうか?
損な役目ばかりが振りかぶってくるよ。