ウィルフレッド殿下 3
「わらったぁ!」
ウィルフレッド殿下が笑ってくれて嬉しかったから、思わず大きな声を出しちゃった。
ウィルフレッド殿下は、ぼくの声にビックリして目を見開いたあと、オロオロと狼狽えだした。
「ご……。ごめんなさい。ごめんなさい。笑って……ごめんなさい」
小さな声で何度も頭を下げながら謝るウィルフレッド殿下。
ぼくは、慌ててブンブンと頭を振ってウィルフレッド殿下の謝罪を止める。
「いいのー、いいの! うぃりゅ……とにかく、わらってくれて、うれしいのー」
顔を真っ赤にして力説したら、ゴホンゴホンと咳が出てしまった。
兄様がお茶のカップをゆっくりと傾けて、ぼくに飲ませてくれる。
「ウィルフレッド殿下。弟が失礼しました。でも、殿下が謝ることではありませんので、頭を上げてください。そして……レン、弟がウィル殿下と呼ぶことを許してくださいませんか?」
ちゃんと名前が言えないみたいなので……と続けた兄様に、ぼくはちょっと頬を膨らませてしまった。
「ああ……もちろん。ウィルと呼んでくれ。……その……君も」
「ありがとうございます」
なーんか、兄様の態度が固いんだよなぁ。
「うぃるでんか! そのおかし、おいしいの! あとあと、そっちのおかしも」
ぼくはテーブルに上半身を乗せる勢いで身を乗り出し、お皿に乗っているお菓子を次々に指差す。
「ああ……うん。た……食べていいの?」
「どうぞ。メグ、殿下のお茶が冷めてしまっているだろう? 淹れ直してくれ」
兄様が右手をヒラヒラと軽く振って、後ろに控えていたメグに合図する。
メグがミルクティーを淹れてくれている間も、ぼくはウィル殿下に右にあるのがドラゴンで左が馬で、と庭師がぼくたちのために作ってくれた動物形の木々を一つ一つ説明する。
ちなみに、白銀と紫紺と真紅、瑠璃の形をした植木もある。
まったく似ていないが、神獣と聖獣を見たことのない人のイメージがそうらしい。
白銀と紫紺も自分たちを模した形の木を見て、ああじゃない、こうじゃないと文句を言っていた……けど、嬉しかったみたいだよ?
だって、尻尾が嬉しそうにユラユラ、ブンブンしてたもの。
しばらくは、ぼくが一人で喋っていたけど、疲れたからお茶とお菓子タイムにします。
モグモグ。
兄様……ちゃんとウィル殿下を接待してください。
無言の時間は、ぼくも苦痛です。
でも、兄様は涼しい顔でお茶を飲むばかり。
そんなにお茶を飲んで大丈夫? お腹がポチャポチャしないのかな?
「…………。き……きもち、わるい……だろう?」
ウィル殿下が、また俯いてしまった。
「何がですか?」
「なあに?」
気持ち悪いの? ウィル殿下は体調が悪かったの?
「僕の……髪や瞳……あと、耳が……」
カチャンと音を立てて、兄様がカップを置く。
「いいえ。王家には珍しいことかもしれませんが、気持ち悪いとは思いません」
「う、嘘だっ!」
顔を上げたウィル殿下の瞳には涙が薄っすらと膜を張り、唇は否定される恐怖で紫色になっていた。
「レンも黒い髪です。これは魔力が多いからだと教えてもらいました。可能性の一つですけど。アリスター」
兄様が呼ぶと、アリスターはサッと兄様の隣に移動する。
「ウィルフレッド殿下に、何か魔法を見せてやってくれ」
「はい」
アリスターはごにょごにょと口の中で詠唱する。
「ファイヤーボール」
掌に小さな炎の玉が出現する。
「アリスター、僕の従者は火の属性魔法持ちです。その属性から髪の色が赤色だと思われます。魔力やその属性によって色を持つことがあるそうです」
「……そう、なの?」
コクリと頷く兄様の顔は、無表情です。
「それと……エルフ族の特徴である耳ですが。今、ブルーベル辺境伯家からの提案で、王家と歴代の王妃様の家系を調べています」
兄様は、とても丁寧に人族の間に人族以外の特徴を持って生まれる可能性の話をする。
本来、人族同士や獣人同士などの間に別種族の特徴が生まれても平民は気にしないらしい。
それこそ、お互いの両親や祖父母が異種族婚だったりするのが当たり前だから。
生まれてきた子供の髪の色や瞳の色、体の特徴で騒ぐのは、貴族や王家が多い。
「……それでも、せいぜい遡るのは祖父母まででしょう。今回はもっと過去にまで遡って調べています」
「僕……父様と母様の子供なの?」
信じられないと呆然とした表情のウィル殿下の姿が痛々しい。
「兄様とも? エルドレッド兄様とも? ジャレッド兄様とも? 僕は……王家の子供なの?」
ポロポロと大粒の涙が、ウィル殿下のまろやかな頬をコロンコロンと滑り落ちていく。
「可能性の話です。でも、陛下も王太子様もウィルフレッド殿下の憂いを晴らすために、今、頑張っておられます」
さやさやと風が木々の葉を鳴らし、花びらをふわふわと遊ばせて通り抜けていく。
ウィル殿下の声を殺した泣き声だけが、お庭に響いていた。