ウィルフレッド殿下 1
朝、みんなでご飯を食べた後、お城へ向かうアルバート様たちを見送った。
なぜか、白馬に跨った父様がいてビックリしたけど、父様も王様にご用事ができたからお城へ行くんだって。
とりあえず、アルバート様たちにピカピカどんぐりを渡しておいたよ。
不思議そうに見られたけど、ディディが満足そうに頷きアリスターに「ギャウギャウ」とどんぐりの有効性を伝えてくれた。
幼児のぼくが渡したどんぐりを持て余していた人も、火の中級精霊であるディディがちゃんと「穢れ」から守る能力があるとお墨付きを与えれば、しっかりとポケットにしまってくれた。
父様とアルバート様たち冒険者パーティーとアリスター、念のために騎士たち数名が誰も乗っていない六頭立てのブルーベル辺境伯家の馬車を囲んで出発して行く。
ふうっ。
ぼくたちはウィルフレッド殿下が来られるまで、自由時間です!
フィルたちは、まだまだ忙しいけどね。
「あっ!」
「どうしたの、にいたま?」
「あのお守りを持っているアルバート叔父様たちは大丈夫だろうけど……ウィルフレッド殿下自身は穢れてしまっているのかな?」
兄様が心配そうな声で呟いた。
うむ、それは大丈夫!
「あのね……」
ぼくが王子宮で出会ったウィルフレッド殿下は、黒いモヤモヤに包まれていなかったし、その黒いモヤモヤが湧き出ていることもなかった。
むしろ、その身を守るように体の周りが薄っすらと光に包まれていたよ?
本人は、ズドーンと暗い雰囲気を背負っていたけど、体の周りが淡い光を纏っていて、ちょっと面白かったのは内緒。
だから、チロが嫌う「穢れ」は付いてないと思う。
たどたどしい口調で、一生懸命説明したら、兄様がホッと息を吐いてぼくの頭を撫でてくれた。
「なら、安心だね。あとは……僕の穢れかぁ」
ぼくの右肩からチラチラと兄様の麗しい姿を覗き見ているチロを見つめて、兄様が苦笑する。
シエル様が今日、なんとかしてくれるらしいけど……大丈夫かな?
「あんまり期待するなよ、レン」
「そうね。あの方はとにかく残念な方だから」
白銀と紫紺のシエル様への酷評に、一抹の不安を抱えてしまった。
お昼を軽く食べて、フカフカのラグの上で白銀と紫紺と一緒に寝転んでうつらうつらしていたら、フィルに優しく起こされました。
んゆ? まだ眠い。
「ウィルフレッド殿下が来られましたよ」
「! 起きゆ」
むくっと体を起こすと、素早くとフィルがぼくの寝ぐせと服を直してくれた。
フィルに抱っこされてエントランスに行くと、すでに兄様がピシッと立っていてナディアお祖母様が厳しい眼で門の方向を見つめている。
段々と馬車の車輪の音とお馬さんが闊歩する音が大きくなってくる。
先頭にはミックさんとザカリーさんのお馬さん。
馬車横で並走するのは、アルバート様とアリスター。
後ろには、王都に在留している騎士団の騎士さんとアドルフ。
ゆっくりと馬車がエントランス前で止まる。
ドキドキ。
しかし、馬車の扉を開けることなく、困った顔のアルバート様が近づいてきた。
「母上。ちょっと困ったことになった」
「なんですか?」
アルバート様が王子宮にウィルフレッド殿下を迎えに行ったときの話をナディアお祖母様にする。
結局、無理やり連れてきたそうだ。
アルバート様がちゃんと王様からの書簡を持って赴いたのに、王子宮の使用人はあの意地悪チェスターさんを中心に激しい抵抗。
中には、庭師が鉈を料理人が包丁を持ち出す人がいたので、我が領が誇る騎士がサクッと鎮圧。
ギャーギャー喚く使用人たちを連行しに来たお城の騎士さんたちに任せ、アルバート様はズカズカと王子宮の中に入っていった。
「だけど……肝心のウィルフレッド殿下の姿が見つからなくってなぁ」
目ぼしい部屋にはいないので、まさかと思いつつ使用人の部屋から屋根裏部屋、食糧庫まで探した。
結局、狭い下働きたちの部屋に閉じ込められていたのを発見。
「まさか!」
「そのまさかだよ。しかも、たまたま俺たちから姿を隠してその部屋にいたんじゃないの! ウィルフレッド殿下の部屋が元々その下働き用の部屋だったの!」
はぁーっと深く息を吐きだして、アルバート様は泣き笑いのような声で「まいったよ」と呟いた。