穢れ 9
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いつも、ありがとうございます。
今ごろ、かわいい息子たちは母上とおやつを楽しんでいるんだろうなぁ……いいなぁ……。
「ギル兄の前にも、おやつはあるじゃん」
むしゃむしゃとフィルが出してくれたスフレケーキを食べる、可愛かった弟を胡乱げに見る。
「はあ、明日は頼むぞ。正直騎士団では荷が重い。ブルーベル辺境伯代理として、ウィルフレッド殿下を無事に王都屋敷まで連れてきてくれ」
「ふぁい。承りました! ブルーベル辺境伯代理ってことは冒険者としての仕事ではないのか……」
アルバートは、口を動かしながら頭の中で依頼料の算段をしているのだろう、抜け目がないな。
お前の後ろに立っているリンは、明日は久しぶりにフィルから離れられると、鼻歌でも歌い出しそうなニコニコ顔なのに。
「ちゃんと褒美はやるから。頼むぞ? 何かあったとき王家にゴリ押しができるのは、ブルーベル辺境伯家の者しかいないんだから」
「わかっているけど……じゃあ、ギル兄が迎えに行けば?」
アルバートの尤もな指摘に俺は紅茶のカップを手に取り、スウーッと顔を窓に向けた。
あー、フィルの淹れてくれた茶も旨いなー。
「なんだよ?」
「……ジョスリンに会いたくない」
「なんで?」
……若い頃、いやまだ俺は若いつもりだが、王国騎士団に所属していたときがある。
父上いわく、いろんな戦術を身に付けておけば、魔獣相手でも敵国相手でも適格な戦略が組める……とのことだったが、その父上は感覚派だったので理論は学んでいない。
そもそも、父上の補佐を幼い頃からしていた副団長のマイルズがいるから、王都ではなく自領で十分に学べたんだけどな。
その頃は、我が妻のアンジェリカとも遠距離恋愛で辛かった。
そして、あちこちの男に言い寄っていた当時伯爵令嬢だったジョスリンに追いかけ回されたことがある。
とにかくジョスリンと顔を合わさないように、しばらく騎士団の訓練場に通わず、王都の外の森に遠征してたぐらいだ。
今でも、猫撫で声で「ギルバートさま~」と呼ばれていたのを思い出すだけで全身鳥肌が立つ。
俺は、俺によく似たアルバートの顔をマジマジと見つめる。
「な、なんだよ? おやつはあげないぞ?」
うん、頭はバカだが、顔は俺に似ているし……ジョスリンと会ったら面倒なことになりそうだな。
「褒美は、はずむからな」
だから、もしものときは犠牲になってくれ。
「ところで、使用人たちは身分関係なく騎士たちに連行され、法務局の尋問を受けるんですよね?」
「そうらしいな。そのときに、何か魔法にかけられていないか確認もするそうだ」
王子宮の使用人たちは、いくら調べても特に怪しむところがない。
身元もしっかりしているし、過度な派閥に与している家でもない。
借金とかの弱味もない。
そして、ウィルフレッド殿下に対しては親身に尽くしていたことが、実家への手紙などに綴られていた。
そこには、ウィルフレッド殿下の髪の色やエルフ族の特徴については一切書かれていなかった。
なのに、実際に殿下は、彼らにぞんざいな扱いをされていた。
「なんだか、はっきりしないな。王位継承争いの一端だったり、外国からの何らかの工作だったりしたら納得できるけど……違うんだろう?」
俺は、無言でコクリと頷く。
「ああー、でも公爵となった王弟閣下の策略という線が残るかぁ。後妻と連れ子を使って何か企んでいるとか?」
「ないな」
「? ギル兄ってば王弟様と言葉を交わしたことあるの?」
「昔な……。まだ婚約者と結婚されていないときにな……」
王弟……アルヴィン・グランジュ公爵とは、王国騎士団のときに幾度かお会いしたことがあるし、婚約者の方とお茶会を楽しまれている場で護衛をしたこともある。
婚約者は、現宰相ダウエル侯爵の末娘で病弱な方だった。
国王陛下であるアルフレッド様とは違い、物静かで思慮深い青年で、体の弱い婚約者のために薬草研究に努め、かなり高品質なポーションの改良に成功していたはずだ。
ただ、婚約者とは身内だけでひっそりと結婚式を挙げられたあと……すぐに死別された。
「野心などない方だ。ただ、ひたすらに人を愛して尽くしてくれるお優しい方だよ」
今は、病に倒れ寝たきりだというが……。
「じゃあ、後妻の単独かな? なんか随分酷い女なんだって? ギル兄が褒めるからアルヴィン様はいい人なんだろうけど、その後妻はどうだろうな? なんか企んでるじゃないの? だいたい結婚してすぐにアルヴィン様が病気で倒れるって……怪しいじゃん」
「……そういえば……」
そう、あの方は婚約者のために薬草研究をしていたぐらいだ。
愛する妻を亡くし、生きる気力が無いならともかく、再婚までしたのに病気で倒れた?
何かが……あるのだろうか?
「ギル兄?」
「アルバート、俺も城まで行く。陛下に謁見を申し出なければ」
「チル。これ、なあに?」
『おまもりだぞ。いっかいだけな、けがれからまもる』
ぼくの手の中には、チルから『おみやげだ!』とドヤ顔で渡されたピカピカのどんぐりが山盛りいっぱい。
「……おまもり?」
ぼくは、首を傾げてピカピカどんぐりを一個指で持ち上げる。
もう寝る時間だから、兄様も寝着に着替えてベッドに入っていた体を起こして、ぼくの手の中を覗きこんだ。
「……明日、アルバート叔父さんに渡しておこう。王子宮の中に入るから、僕みたいにならないように」
ぼくたちは、ちょっと疑った顔でどんぐりを見ているけど、ぼくも兄様の意見には賛成。
明日、ウィルフレッド殿下を迎えに……て話を聞いていたらほぼ「拉致」してくるみたいなかんじ。
当然、アルバート様たちは王子宮に入ってウィルフレッド殿下を連れてくるから、兄様みたいにあの黒いモヤモヤに包まれて穢れちゃうかもしれないもんね。
「あい。あした、わたす!」
ふんす! 明日のぼくの大事なお仕事です!
「チル。ところで、このお守りは誰からもらってきたの?」
兄様の側に近寄れないチロを悲しそうに見たあと、ブンブン元気に飛び回るチルに尋ねる。
『もちろん、せーれーおうさまだぞー』
水の精霊王様?
あのクールなイケメンの精霊王様がどんぐりをピカピカに磨いたの?