穢れ 8
チルとチロの姿……光の玉みたいな姿を見て驚いていた王様たちへの説明を適当に済ませて、帰ってきました王都屋敷まで。
「はぁーっ、明日はウィルフレッド殿下がここに来るなんて……なんでこんな面倒なことに」
「うるさいですよ、ギル。決まってしまったことはしょうがないでしょう?」
帰る馬車の中からずっと愚痴を零している父様に、ナディアお祖母様がペシンと頭を叩いた。
王様たちは政務の合間に人海戦術でもって、過去の王様やクラリス王妃様、過去の王妃様の家系図を徹底的に調べるそうです。
そして、「過去の誰々がエルフ族だったので、先祖返りでウィルフレッド殿下はエルフの特徴がある」と公表してから、正式にお披露目することにしました。
今までは、ウィルフレッド殿下が心無い言葉に傷つかないようにお披露目もせずに、静かに暮らしていけるように考えていたけど、今回のことですべてが裏目に出ているとわかったから。
そうだよねぇ、王様たちはウィルフレッド殿下のことを思っていたかもしれないけど、ウィルフレッド殿下と離れて暮らしていたらそんな風には思えないよ。
そして、問題のある使用人に囲まれた生活と、何を企んでいるかわからないジョスリン様から離すために、明日はブルーベル辺境伯の王都屋敷を訪問される。
「今からお迎えのメンバーを選ばないとな……」
父様が遠い所を見る目で、虚ろな表情します。
「父様。ウィルフレッド殿下が一人で行動されるのは初めてとのことなので、アリスターを同行させてください」
「いいのか?」
アリスターは兄様の従者見習いとしての立場もあるけど?
「……大人ばかりでは怖いと思われるかもしれません。ただでさえ騎士たちの体は大きいですし」
「ふむ」
父様とかはスレンダーな騎士さんだけど、ブルーベル辺境伯騎士団の皆さんのほとんどは副団長のマイじいみたいな筋肉モリモリだし、王都まで同行してきた騎士のアドルフは巨人族のハーフだから巨体だし、レイフは人族で小柄だけど風体が怪しい。
アリスターならそんなに怖くないかな? 爬虫類が苦手じゃなかったらディディもいるし、仲良くなれるかな?
「アリスターと……アルバートたちにも頼むか」
アルバート様は凄腕の冒険者だけど、父様と似た体型でスレンダーだし、リンもほっそりとしているもんね。
お仲間のミックさんは猫獣人だからかしなやかな体つきだし、ザカリーさんは神官さんっぽいヒーラーで中肉中背ってかんじ。
うん! ウィルフレッド殿下に威圧感を与える人はいなさそう。
父様の機嫌が少し上昇したところで、一旦ぼくたちは自分たちの部屋へと別れる。
フィルたちは、急な王族の出迎えになって大忙しなんだよ?
客間はもちろん、明日のお茶会のセッティングやお菓子の用意をしなきゃいけないからね。
「にいたま」
「うん? なんだい?」
「……なかよく、なれりゅ?」
手を繋いで歩く兄様の顔を仰ぎ見て問いかけたぼくを困った笑顔で見下ろして、兄様は返事を保留した。
むー、ウィルフレッド殿下攻略は難しそうです。
――なかよく、なれる?
レンに、「仲良くなれるよ」と答えてあげることができなかった……。
仲良くはなれると思うよ。
レンのことを嫌う人なんているわけがないと思うし、仮令動物でも精霊たちでも、神様でもレンのことは愛さずにはいられないと確信している。
でも、ウィルフレッド殿下と友達になってしまうと、王家のあれやこれやに巻き込まれるし、大人になったらブリリアント王国だけではなく、他国との事情にも巻き込まれそうで嫌だ。
こんな自己保身な考えが浮かぶのは、チロが言うとおり僕が「穢れ」ているからだろうか?
昨日、王子宮の中に入ったら、感情のコントロールが上手にできない……いや、怒り、不安、悲しみという感情がより強く感じるようになった。
王都屋敷に帰ってきたら、いつも通りだとおもうけど……、「穢れ」た自分では自信が持てないな。
教会に行き、かなり高位の神官様に清めてもらったけど、チロの恨みがましい眼を向けられて効果がなかったことがわかったし。
うーん、困ったな。
レンや父様たちの前では平常心を保っているけど、わけがわからない状況に少し気分が落ち込む。
レンの着替えをリリとメグに頼み、僕は一人で着替える。
ウィルフレッド殿下の印象がほとんど無いんだよなぁ……。
黒い髪に赤い瞳の第三王子。
王家には存在しないエルフ族の特徴を持った末王子。
王太子エルドレッド殿下や第二王子のジャレッド殿下は問題のある方ではないから、ウィルフレッド殿下のことで王家がガタガタになることはない。
ただ、社交界に出れば外野がうるさいだけだ。
僕は自分の足が怪我で動かなくなったときに、似たような経験をしたからわかるけど、自称親切な大人が心配顔で余計なことを吹き込んでくる。
でも、黒い髪が魔力の多さの証で赤い瞳が火属性の魔力の現れ、エルフ族の特徴は先祖返りと正式に王家が発表すれば、そういう輩は多少大人しくなるだろう。
しかし……明日はお茶会という名目でブルーベル辺境伯王都屋敷に招待する。
その間、使用人たちは一人一人、尋問される。
場合によっては、何日かウィルフレッド殿下の身柄は王都屋敷にて保護されることになるだろう。
問題は、公爵夫人と名乗っている王弟の後妻であるジョスリン様だろうな。
僕は鏡に向かって考えこんでいた頭を軽くプルルと振る。
難しいことは、明日考えよう。
僕は、何があってもレンを守れるように。
「にいたまー、おやつーだよー」
可愛い弟が僕を呼んでいる。
「ああ。今いくよ」





