穢れ 7
またまた長ーい廊下を父様の抱っこで移動して、お城の奥の奥、王様たちのプライベートスペース近くの応接室に案内されました。
恭しく扉を開いてもらって、ぞろぞろとみんなで部屋の中に入れば、前回とは違いドヨドヨーンとした空気を纏った王様たちが待っていた。
「来たか」
「……挨拶は省くぞ。どうした?」
父様が目を真ん丸にして、王様に気安く声をかけました。
あまりにも王様たちの気落ちした姿に、若い頃、王国騎士団で一緒に訓練した仲間の感覚になってしまったんだって。
ナディアお祖母様が促すので、ぼくたちは大人しくソファーに座って、サーブされたお茶もお菓子も食べません!
白銀と紫紺も我慢してね。
「……ウィルフレッドに会えなかった。ヒューたちが言っていた態度の悪い使用人たちに妨害されたそうだ」
王様は「ハーッ」とお腹の底から深く息を吐くと、テーブルに両肘を付いて手で頭を抱えてしまった。
王妃様は、そっとハンカチを取り出して自分の目元を拭う。
「俺が迎えに行ったのが悪かったのか……」
ウィルフレッド殿下に怖がられていると悲しそうに言っていたエルドレッド王太子様が、青い顔で俯いてしまう。
「ところで、その立場を弁えていない使用人たちの実家はどうでしたの?」
ナディアお祖母様の問いに、王様と王妃様は顔を上げることもなく、頭を左右に振った。
たぶん、実家にも問題はなかったのだろう。
重くて悲しい雰囲気に、ぼくの膝がもじもじしてしまう。
白銀と紫紺もキュッと顔を引き締めて、ちゃんとお座りをしている。
兄様は……ん? なんで右腕がもぞもぞしているの?
そおーっと兄様の右側を覗き込めば、籠にいる真紅をふわふわの毛布の上からギュッと抑え込んでいるようだ。
……兄様、その子神獣……。
「問答無用で王子宮に入って連れてくればいいだろう? ウィルフレッド殿下が嫌だと言っても無理やり連れてきて話し合えよ。じゃないとお互いの誤解は解けないぞ?」
ガシガシと頭を掻いて父様が進言する。
王様と王妃様は互いの顔を見合わせて考えているが、どうもウィルフレッド殿下のことについて、消極的な態度だなぁ。
「……エルフだから?」
王様たちと姿が違うからだろうか? でも、そんなことで遠ざけられていたら、ぼくだったら悲しい。
父様や母様、兄様と一緒にご飯を食べたりお話ししたりしたいし、セバスやマーサたちにお世話してもらうのも嬉しい!
白銀と紫紺と遊んだり、チルの冒険譚を聞いたり、アリスターたち騎士たちと朝、剣のお稽古するのも楽しい!
なのに、ぼくの姿が違うからと仲間に入れてもらえなかったら・・・ぼくはとっても寂しいと思うんだ。
「にいたま……」
「うん。わかっているよ。僕がお話しするからね」
そう、ぼくではまだ上手にお話しできないの。
白銀と紫紺に代わりに話してもらってもいいけど、神獣様と聖獣様のお言葉は絶対! と誤解されても困るの。
「発言してもいいですか?」
兄様がキリッとしたお顔で真っ直ぐに王様を見据えた。
「王家にエルフ族の方は過去にいませんでしたか? 若しくは歴代王妃様の先祖に。王妃様のご実家ではどうでしょうか?」
この世界の親子鑑定がDNAじゃないことはわかる。
だって、魔法がある世界だもんね。
でも、親から繋いでいくものってあるんじゃないのかな?
貴族では、代々髪の毛は何色とか、瞳の色は何色とか気にする家もあるらしいし。
ウィルフレッド殿下がエルフの耳をしているのは、遠い遠い昔にエルフのご先祖様がいたからじゃないのかな?
ブリリアント王国の王様は代々人族らしいけど、お嫁さんに他種族の方を迎えたこともあるってナディアお祖母様が話してくれたし。
エルフ族の王妃様が昔いらっしゃったかも。
王妃様のご実家だって、わからないよね?
ブリリアント王国の貴族の三分の一は人族の当主だけど、純血の人族ってわけではないらしい。
やっぱり、獣人族とかエルフ族とかいろいろ混じっているんだって。
だったら歴代王妃様のご先祖様とか、今の王妃様のご実家とか、可能性はあるよね?
「……ベン。すぐに調べてくれ。クラリスの家系もだ!」
王様がカッと目を見開くと、後ろに控えていた髪に白いものが混じった執事みたいな人に命令した。
今から昔の家系図や王様に連なる家系も全て調べるんだ。
エルフ族がいたかどうか。
「もし……エルフ族の血が混じっていたら……ウィルフレッドは……王子としてちゃんとお披露目をして一緒に住むこともできるのでしょうか」
震える声で王妃様が誰ともなくに問いかける。
ナディアお祖母様は、そっと王妃様の白い手を両手で包み、優しい笑顔を向ける。
「もちろんです。でも……すべてはウィルフレッド殿下のお心の望むままにですよ。殿下は心を閉ざしています。少しずつ、焦らないで少しずつです」
「ええ……。ええ、そうですわね」
王妃様の美しいお顔は涙でビショビショになってしまい、メイドさんたちがタオルを手にわたわたしている。
「すごいなヒューは。よくそんなことに気が付いたな? 俺たちは妖精の悪戯だと思っていたこともあるのに」
「妖精の悪戯ですか? チロたちはそんなことするの?」
『そんなつまんないこと、しないわよーっ』
ぼくの右肩からチルとチロが手を繋いでビューンと飛び立ち、泣いている王妃様の周りや王様の周りをビュンビュン飛んでいる。
いきなり光の玉が二つ連なって自分たちの周りを飛び回る状況に、王様はポカンと口を開けていた。