ブループールの街 6
もう、諦めなきゃダメだよねぇ。
ぼくは、ため息ひとつ吐いて、行儀よくお座りしてぼくを見上げてる白銀と紫紺に告げる。
「ねぇ、しろがねとしこんとぼくとで、おそとで、くらそうか?」
白銀と紫紺は朝ご飯を食べたらボワンと人化してお出かけする。
ぼくの三人で暮らそう発言から、ふたりはすぐに人化して父様のところに行き、街に出て冒険者登録をしてきた。
「とにかく、お金が必要だもの!」
「冒険者は家を持たずに宿で生活する奴も多いらしい。メシの支度も洗濯も掃除もしてもらえるからな!下宿みたいな所もいいな。ギルたちみたいな人間なら、レンを預けて仕事もできるしな!」
「そうね、信頼できる人間がいるのが分かったから、家政婦を雇ってもいいし。そうなるとやっぱりお金よね!」
ふんすふんす、と鼻息を荒くする紫紺。
それでも、最初の頃はぼくをひとりにしないように交代で冒険者の仕事をするつもりだったのに。
「こんの、バカ!」
ボカッ、ドガッと紫紺に殴られ蹴られながら、ふたりが帰ってきた。どうやら登録したついでに依頼を受けてきたらしいんだけど…。
「信じられないっ。最初は弱い魔獣を狩らないっと悪目立ちするってあんなにっ言ったのに!コイツ、ブラックサーペントを倒しちゃったのよ!」
後で知ったけど、ブラックサーペントってAランクの魔獣なんだって。
「いや…あれ、弱いぞ?めちゃくちゃ弱いじゃないかっ!しかも肉は旨いし皮は高値で売れるし。何が悪いんだ!あ、イテ、イテテ。蹴るな!」
……と、問題児白銀のお目付として紫紺も同行することになっちゃったの。
サーペント?買取に出さないで収納魔法で仕舞っておくんだって。
だから、ぼくは今、ひとりでお留守番をしているのです。
今日も母様にはお客様。
しかも今日は、そのお客様のお子様も一緒で、お庭で兄様が相手をしている。
と、いっても連れられてきた二人で剣の稽古らしきものを、兄様が見ているだけのようだ。
ぼくと一緒にいてくれる若いメイドさんがその様子に鼻白む。
「どうちたの?」
「ああ、ヒューバート様がお可哀想に思っただけです。あんな意地悪いことを…」
「いじわる……?」
まだ、メイドとして勤めて日が浅い彼女が話すのは、兄様のこと。
兄様は、生まれつき足が悪いわけじゃなくて、四年前に馬車の事故で足を悪くしてしまった。
治らない怪我を負ってしまった。
それまでは、「さすがギルバート騎士団長の息子」とか「ブルーベル辺境伯の貴い血筋」とか褒められるほど、剣の腕が凄かったらしい。
兄様は小さい頃から玩具で遊ぶより、玩具の剣を振り回すのが楽しかったらしく、五歳には騎士団の練習に参加していたって。
「…本当に、あんな事故さえなければ…。せめて治癒魔法で治ればよかったのですが……」
「ちゆ…まほう?」
ここは、治癒魔法とかポーションとかがある世界でした。
じゃあなんで兄様の足は治らないの?治癒魔法が使える人がいないの?
どうやら、馬車の事故で負った裂傷や骨折は、ポーションと治癒魔法で治すことができたらしい。
でも右足の腰から太腿の怪我は治らなかった。
父様は前辺境伯(お祖父ちゃんだね)に頼んで、国王陛下からの依頼として神殿の大神官様の治癒魔法を兄様に受けさせた。
でも…治らなかった。
どうやら、兄様の右足は生まれつきの不具合があって、そのせいで魔法では治らないらしい。
大神官様でも使うことができない、治癒魔法でも蘇生魔法じゃないと完治は無理と言われた。
王都から帰ってきた兄様は、その後一切剣を握ることがなくなって、いっぱい勉強をするようになったんだって。
そんな兄様の事情は、辺境伯分家の人は皆が知っているのに、目の前で剣の稽古って、確かに嫌がらせだよね。
ぼくの頬は膨れてパンパンだし、口はへの字に曲がってる。
「それと…奥様のこともありますし……」
「かあたま?」
この人、お喋りな人だな。
ぼくみたいな小さい子に話すのは…と躊躇したけど、大丈夫だよ。
ぼくはママのいないときにテレビでドラマを見てたから、ドロドロなお話でも分かるよ。
ふむふむ。
辺境伯のお嫁さんって強い女性ばっかりなんだって。
別にそうと決まっているわけじゃなくて、たまたまらしいけど。
前辺境伯夫人(お祖母ちゃんだね)は、剣と弓が下手な騎士よりも強いんだって。今の辺境伯夫人は攻撃魔法が得意。そして二人とも軍馬を乗りこなし戦場を駆け巡った経験があり。
なのに、母様は魔法は得意だけど、支援系魔法だし。いわゆる貴族女性の見本のような運動能力。つまりダンスはできるけど…ていうこと。
しかも、辺境伯分家から嫁いできたわけでもなく、高位貴族出身でもない。隣の領地の子爵令嬢。
噂では、父様が辺境伯になれなかったのは、反対されていた母様との結婚を無理矢理進めたせいと言われてる。
「実際、辺境伯分家の方達は大反対だったそうです。当の辺境伯は家族一同、賛成してましたけど」
「……」
ぼくは、コテンと首を傾げる。それって母様じゃなくても反対したんじゃないの?要は自分の娘と結婚させたかった、みたいな?
「奥様は分家の方々からは散々嫌味を言われたり、嫌がらせされたりとたいへんでした。やっとヒューバート様がお生まれになって静かになっていたんですけどね。辺境伯一族に相応しい子息だって王家からも褒められましたし……」
んー、ますますぼくの立場が微妙だ。これって、辺境伯様のお屋敷に引き取られても問題だったんじゃないの?
お仕事から帰ってきた白銀と紫紺と三人で夕ご飯。
え?他のみんな?
お客様と食べてるよ?
セバスさんもマーサさんも「早く帰れっ」て青筋立ててるけど、お客様は少し鈍感みたい。
ご飯をぼそぼそ食べているときに、今日聞いた話をする。
「あらー、複雑な感じね。それだと辺境伯の跡取り問題もあるわね?」
ガツガツと肉を食べている白銀はおいといて、ぼくは紫紺に顔を向ける。
「なんで?」
「聞けば辺境伯の子供はひとりだけ。その子に何かあったら、継ぐのはヒューでしょ?でも今のヒューの状態だったら分家から反対されるわよね?そのとき、分家から来た養子がいたら、その子が辺境伯候補になるんじゃないの?つまり、ギルの養子になるのが目的じゃなくて、次の辺境伯の椅子を狙ってんのね」
「えー…。でも、むすこしゃんいるよ?」
そもそも、辺境伯の息子さんに何かがなければいいのでは?
紫紺はニヤッと笑った。
「そうね。何もなければね。でもああいう人間は何かを起こすのよ?」
……わー、いやだな、それ。