穢れ 5
おはようございます。
昨日は、お城の中にある王子宮でウィルフレッド殿下とお会いして色々とありました。
今日は、前々から行きたいと訴えていた教会にお出かけです。
大聖堂……て、街の教会と比べるとグレードが上がってしまって気おくれしてしまうけど、シエル様にお会いするためだから我慢です。
そして、教会に行ったら偉い神官様に兄様の穢れ? を祓ってもらうのです!
じゃないと、チロがずーっとシクシク泣いているし、二人の妖精がいるぼくの右肩は定員オーバーなの。
リリとメグに身支度を整えてもらって、兄様と手を繋ぎ王都屋敷の長い廊下を歩いて食堂へ。
リンに扉を開けてもらって大きな声で丁寧に朝のご挨拶です。
「おはよー、ごじゃいます?」
あれれ? 父様が虚ろな眼で目玉焼きを睨んでいるし、ナディアお祖母様の握っているナイフがキラリンと鈍く光っているように見えます?
フィルの笑顔も凄みが増しているし、アルバート様が端っこで黙々と朝食を口に運んでいる。
どうしたの?
「あら、ヒューにレン。おはよう。さあ、席に着いてご飯を食べなさい。今日は最初の予定どおりに大聖堂にお祈りに行ったあと、お城へ行きますよ?」
「お祖母様。またお城へ行くのですか? ウィルフレッド殿下とお会いするのですか?」
兄様がぼくを抱っこして椅子に座らせると、隣の席に座る。
リンがビクビクした様子でぼくたちの朝食をセットしてくれた。
「いいえ。ウィルフレッド殿下とお会いしたときのことを、陛下たちに報告してほしいの。特に……レンが見たという殿下の耳のことをね」
「んゆ?」
耳? ウィルフレッド殿下がエルフみたいな尖ったお耳をしていたことを話すの?
そのことなら、昨夜ベッドの中で兄様といっぱいお話ししたよ?
「はあああっ。城には、母上とヒューとレンで行ってきて欲しい。なんで俺が……」
「往生際の悪い。どうせ王都屋敷にいる間は暇なのでしょう? 騎士団の訓練に参加するぐらいなんですか! ついでに我が騎士団も連れて参加してきなさい」
あー、とうとう父様は陛下に捕まってしまい、剣術の相手をさせられそうだ。
「父様。僕も騎士団の訓練に参加したいです」
兄様がキラキラした笑顔で父様におねだりをする。
わああっ、兄様と騎士さんの手合わせ……ぼくも見たい。
「レンも一緒に行きたいよね?」
ブンブンと頭がもげそうな勢いで上下に振っていたら、フィルが慌ててぼくの頭をそっと押さえてくれた。
「みたい! とうたまとにいたま、かっこいいとこ、みたいでしゅ!」
「そ、そうか?」
死んだ魚の目だった父様の眼に光が宿り、ぼくの言葉にテレテレと照れ笑い。
みんなの気持ちが上向きになって、改めて馬車で出発です。
アルバート様は連続でお城に行きたくないとかで、今日の護衛はアドルフとレイフとアリスター。
大聖堂はなんと! お城の隣にありました。
でも、互いの敷地がすごーく広いからお隣って感じではないのです。
ガタンガタンと馬車に揺られ、大聖堂を守る聖騎士という騎士の誘導で馬繋場に馬車を止めて、徒歩で移動になりました。
「大丈夫?」
兄様が心配そうにぼくを見ていますが、これくらいは歩けるよ?
白銀と紫紺も両隣にスタンバイしていて、めちゃくちゃ嫌がっている真紅が入った籠を父様が持って、ぞろぞろと歩きます。
大聖堂を真正面に見た印象は圧巻でした!
前世のパルテノン神殿のような石柱に支えられた白亜の建物は陽光に輝いていて、荘厳な佇まい。
両脇に植えられている木々の葉の色は緑色を通り越して、不可思議な青紫色をしていて幻想的な風景に。
大聖堂の正面へと導く石畳道は、不揃いな石を敷き詰めた街の道とは違って、同じサイズに切り揃え、しかも色合いまで同じ白い石をキッチリと敷き詰められていた。
「きれーい」
兄様とぼくは初めて見る大聖堂に感動して、その場で足を止めてしまった。
「……無駄にデカイな」
「あの方の元々の住まいはそんなに大きくないから、その反動じゃないの?」
ちょっと、感動しているんだから白銀と紫紺もそんな話しないで!
「さあ、行くぞ」
クスクスと父様とナディアお祖母様は、ぼくたちのそんな態度に笑っている。
大聖堂の中に入るときに案内役の神官様と合流して、まずは創造神様の像が安置されている祈りの広間へ。
正面にはピカピカに磨かれた白い神様の像が、ぼくたちを迎えてくれる。
そして丸い広間の高い天井から八枚の細長い幕が八方から垂れさがっているのだけど、その色は金・銀・赤・緑・茶・青・紫・白の八色。
何か意味があるのかな?
神官様に促されるままに、創造神の像の前でちょっとお祈りしてから、広間の奥横の扉から内部へ。
階段を登るときには真紅の籠はナディアお祖母様が持ち、ぼくは父様に抱っこされる。
ぼく、階段登れるよ? でも三階まで登るからと問答無用で抱っこされた。
壁に幾つもの扉が並ぶ廊下を案内されるままに歩き、シスターが椅子に座っている横の扉前で一度止まる。
「ここでございます。お祈りが終わりましたらこの者に声をかけてください」
この者と示されたシスターが、軽く頭を下げる。
神官様は扉を開けて、ぼくたちを祈りの間に案内し終わると静かに去って行った。
「ほお」
父様が小さく感嘆の声を上げる。
お祈りの間は、所々に赤い布で飾られ、ステンドグラスに描かれていたのは、赤く雄々しい鳥です。
「これは、神獣フェニックスね」
ナディアお祖母様の言葉に、籠の中の真紅が頭を上げる。
<おおーっ! 俺様の真の姿がここに。お前ら、ちゃんと見ておけ! 俺様の雄姿を!>
ステンドグラスの一枚には、見返り美人画のようにこちらを振り向く赤い鳥の姿が。
尾羽が赤色のグラデーションになっていて、綺麗です。
もう一枚は、まるで空を飛んでいるように翼を大きく広げた姿。
「しんく。かっこいいー」
ぼくの興奮した姿に白銀と紫紺は、鼻にシワを寄せる。
「何よこんな奴。今はただの飛べない小鳥じゃない」
「そうだぞ。飛べないくせに菓子を食いまくるから、ブクブク太りやがって。大きくなっても重くて飛べないだろうよ!」
<なんだとー!>
ちょっと、神様にお祈りするお部屋で喧嘩しないでー。
「いい加減にしろ。ほら、お祈りするぞ」
お部屋には、ぼくと兄様、父様とナディアお祖母様、白銀と紫紺と真紅だけ。
アドルフたちは部屋の外でぼくたちを守っている。
ぼくは、ちょこんと置かれた神様の像の前の椅子に座って、手を組み合わせ静かに目を閉じる。
――神様。シエル様。ぼくです、レンです。