穢れ 4
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ヒューとレンが自室に戻って夢の世界へと入ろうとする時間。
城へ「ブルーベル辺境伯家」として王家に抗議に行った母上が、疲れた顔で帰ってきた。
寝酒を楽しみながら、アンジェからの手紙を何度も読み直していた俺に、思いっきり顔を顰めてみせる。
「お帰りなさい、母上」
「なんでしょう。呑気なお前の顔を見たら腹立たしくなってきました」
……どうやらご機嫌斜めらしい母上に、無言で手にしていた手紙を突き出す。
母上念願の孫の、女の子の孫の育児日記です。
「あらあら、まあまあ」
俺はフィルに合図して、母上用の酒とつまみを用意してもらう。
しばらく、ニマニマしながら手紙の文字を目で追っていたが、満足したのかグラスの酒を一口飲んでふうーっと深く息を吐いた。
「どうでしたか? 何かわかりましたか?」
母上は緩く首を振って、眉を顰めてみせた。
「まず、ウィルフレッド殿下がお住まいの王子宮の使用人に後ろ暗い所はなさそうよ。いずれも貴族の子息子女で身元もハッキリしていて、派閥とは関係なし」
ブリリアント王国の貴族にも派閥みたいなものは存在している。
王党派と貴族派のように、王家と貴族間にあるものや、第一王子派と第二王子派と次代の王の時代に甘い汁を吸おうとする貴族や商人たち。
その他にも、公爵同士のマウント争いや、次期王妃になるであろう第一王子の婚約者争いなど、意外と水面下での戦いは激しかったりするものだ。
ちなみに、ブルーベル辺境伯家はどの派閥にも争いにも与しない。
国の防衛を担っているんだから、当たり前だろう?
「使用人たちを使って何か企んでいる……ではない? では公爵夫人については?」
「そのことだけど、陛下も王妃様もウィルフレッド殿下の王子宮にジョスリン様がいらしているのは知らなかったそうよ」
母上は、グイッとグラスの中の酒を飲み干す。
フィルがグラスに酒を注ぎ足すが……あんまり注ぐなよ。
「使用人たちは公爵夫人に対して丁寧に接していました。身分を考えれば当たり前ですが、当の主人でもあるウィルフレッド殿下よりも恭しく扱っていたそうですよ?」
俺は、母上にレンから聞いた使用人のウィルフレッド殿下に対する尊大な態度を説明する。
「おかしいわね。使用人たちはウィルフレッド殿下に対して忌避の態度がないものを選抜したと聞いているわ」
「忌避?」
母上は、ウィルフレッド殿下の髪の色や瞳の色が珍しい色であることを知っていた。
「そんなに騒ぐことなのかしら? 髪や瞳に魔法の属性が露わになることは珍しいことだけど」
「はあっ?」
なんだ、その情報は?
俺は、髪や瞳に魔法の属性が反映されるなんて知りませんけど?
しかし、母上は俺の無知っぷりに呆れた顔をすると、昔から伝えられている可能性の話を語ってくれた。
つまり、「そうだ」と確証が得られた話ではないが、稀に髪や瞳にその者が持つ魔法の属性の色が宿ることがある。
「アリスターがいい例ね。あの子とキャロルちゃんは火の属性が強いから赤毛なの……かもしれないって話よ」
確かにアリスターとキャロルは火の属性を持っているし、アリスターは火の中級精霊と相性が良くてディディと契約を結んでいる。
「あっ! その理論だとプリシラもですか?」
ブルーパドルの街から連れて来た人魚族のプリシラの髪は青系で、人魚族なら魔法は水の属性を持っているはず。
「ええ。可能性ですけどね。例えば水の属性を持っていても赤毛の子もいるし。必ず魔法の属性が髪や瞳に出るわけではないの。だから、最近の若い子は知らない話なのかしら」
母上は頬に手を当てて困ったように「ほうっ」と、息をもらした。
「ブルーフレイムの街では火の精霊の恩恵で火の属性持ちが多いとか。調べれば他の街よりも赤毛や赤味の色を持つ者が多いかもしれません」
「そうね。そして、アースホープ領では土の属性持ちが多いから茶系統の色味を持つ者が多いかもしれないわ」
アースホープ領とは、我が妻アンジェの故郷で、以前ヒューとレンを連れて春花祭を楽しみに連れて行った領地だ。
その祭の名前の通り、四季それぞれの花の祭が行われている。
花にまつわる仕事を生業にしている者が多い領地だ。
「しかし……もしそうだとしてウィルフレッド殿下の赤い瞳は火の属性持ちかもしれないと想像が付きますが、黒い髪は?」
そして、エルフ族の耳なのはどうして?
「黒い髪は……。レンも黒い髪なのよねぇ」
母上はレンの名前を出したが、そもそも黒や茶色の髪は平民に多い髪の色だから問題はないと思う。
問題なのは貴族の、それも王家の子供の髪の色が真っ黒だということだ。
「魔法の属性が色に出るといっても、闇魔法の属性なんてこの世にあるわけはないでしょうし」
母上の暗い顔を明るくさせようと馬鹿げた話を軽い調子で言ったら、もの凄く鋭い眼で睨まれた。
こ、怖い。
「闇属性。この世には火・水・土・風が基本の魔法属性で、そこから派生した魔法が数を数えられないぐらいに溢れているわ。私たち貴族はその基本属性に光があることも教えられる」
「…………はい」
光属性を持つ者は珍しくはない。
「ふーっ。教会の古い書物の中には闇属性もあったと書かれていたそうよ。でも……神獣聖獣を巻き込んだ大戦の後、その属性魔法は消滅してしまったって」
「え?」
闇属性なんて魔法の属性があったのか? そして失われてしまった?
「ええ。詳しいことは書かれていないからこちらも確証の無い話ね。でも火・水・土・風の精霊王の存在は確認されているのに光の精霊王は一度も姿を現したことがない。それは対となる精霊王が不在だからと訴える魔法学者もいるわ」
「……闇属性が失われているなら闇の精霊王もいない……」
いや、逆かもしれない。
闇の精霊王がいないから、闇の属性魔法を扱える者がいない?
「わからないわ。だからウィルフレッド殿下の髪の色が黒いのは別の理由。それはレンも同じ理由かもしれないって思っているのよ」
「それは?」
「魔力の強さよ。例えば単純に魔力が多い子。次に強い属性が二属性以上持っている場合」
ふむ、色に出るほどの属性の強さが二つ以上あった場合、その色が混ざって黒となる……と考えられているのか。
「レンはそっちでしょう? 神獣と聖獣と契約をし、まだ力が安定していない妖精とも契約ができる子なんですから」
「そうね。そうだといいわ。あの子に闇属性があるなんてことになったら、ブルーベル辺境伯家の力を持ってしても守り切れないかもしれないわ」
ギリリと爪を噛む母上の手をフィルがそっと抑える。
そのあとは、王子宮の使用人についての調査をブルーベル辺境伯家独自で行うことと、王弟の周辺も嗅ぎまわることにした。
ウィルフレッド殿下との交流は続けて欲しいとの陛下の言葉に鼻白んだが、仕方ない。
母上が鬼の形相で交渉し、ウィルフレッド殿下とは、ここブルーベル辺境伯の王都屋敷で会うことになった。
夜も更けて、そろそろ自室にもどりましょうかと引き上げるとき、ソファーから腰を浮かしたときに思い出した。
「母上。ウィルフレッド殿下がエルフ族の耳なのはどうしてですか?」
それが爆弾発言になるなんて思わなかったんだ。