穢れ 2
耳が尖っていて、美しいその人はエルフ族という種族で、魔法が得意な長寿種である。
アルバート様が実際に会ったことのあるエルフ族の特徴を、ぼくに教えてくれる。
ぼくは、衝撃発言で固まってしまった父様と兄様を無視して、アルバート様の話にふんふんと相槌を打っています。
「しかし、ウィルフレッド殿下の耳が尖っているのは俺は見えなかったなー。あの感じの悪い使用人の後ろに隠れていたし、オーク夫人の幅がでかくて」
ワッハハハと豪快に笑って、焼き菓子をポーンとお口に放り込む。
ぼくも、それやりたい!
焼き菓子を一つ手に取って、ポーンと高く放り投げる。
「およ? あれれ?」
右? 左? どっちに落ちるのかな?
わたわたと体を動かして着地点を見極めていたのに、無情にも焼き菓子はやや右に逸れてしまい、アーンと口を開けて待っていた白銀がムシャムシャ。
「あー、しろがね。ズルい」
ぼくの抗議も、ふさふさの尻尾で軽く躱してしまう。
「むー」
「ほらほら、いじわるしないの。レン、こっちをお食べなさい」
紫紺が呆れた声を出しながらも風魔法でドーナツをフヨフヨと浮かして、ぼくの口へ。
「ムグッ。おいちい」
にっこり笑って、ドーナツを食べながら、白銀と紫紺の毛並みを堪能する。
もふもふー、すべすべー。
「いや、和んでいるところ悪いんだが、レン。本当に、本当にウィルフレッド殿下の耳は尖っていたのか?」
父様が必死な顔で問いかけてくるけど、ぼくは嘘なんて言わないよ?
コクリと頷いたら、父様は手を額にビシャンと当てて天を仰いでしまった。
兄様もブツブツ呟いて、紅茶もお菓子も口に運んでいない。
こんなに、美味しいのにね?
ぼくは、焼き菓子を一つ手に取ると、今度は放り投げずに兄様の口元へ運ぶ。
「にいたま。どーぞー」
とっても美味しいお菓子だよ?
「レン。ハハハ……ありがとう」
疲れた顔して無理やり笑った兄様は、機械的に口を動かして焼き菓子を飲み込んでいた。
むー、美味しいお菓子なのにっ!
しばらくして立ち直った父様が真面目な顔でフィルと相談しだした。
どうやら、王家にエルフ族が生まれるのは珍しいことを通り越して有り得ないことなんだって。
黒い髪と赤い瞳も王家には有り得ない色だって父様が騒いでいるけど……そうかな?
前の世界でも隔世遺伝とかあったし、シエル様が創った不思議世界のここでも、有り得ないことが起きてもいいんじゃないのかな?
ソファーに座った足をプラプラして、退屈を紛らわしていると後ろから「ギャオウ」とか「ギャーウゥ」とかディディが何かを訴えている。
「ちょっ、お前、静かにしろよ。俺、仕事中だぞ!」
アリスターが宥めようとしているけど、ディディが足元でギャオウギャオウと訴えています。
うーん、キャロルちゃんと意思疎通できるまでは、ぼくとはお喋り禁止されているから、何を言っているのかわからない。
でも、ぼくと目が合ったディディは、さらに激しく鳴き出した。
「ギャギャオーゥッ」
「うわっ! なんだよ? え……なんだって?」
耳を手で押さえて顔を顰めていたアリスターが、急にディディを抱え上げて真剣に話し出した。
「なんだろ?」
「なんか、真剣に話しこんでいるね」
ぼくと兄様もアリスターたちの会話に興味津々です。
「おい! レン。なんかディディが穢れがどうこうって訴えてるぞ? レンも見たって」
「んゆ?」
穢れってなあに? ぼくが見たもの? 王子宮でぼくが見たのは……ウィルフレッド殿下の尖った耳と、ぽっちゃりしたおばさんと子供と……あっ!
「そうだ! くろいモヤモヤ」
「黒いモヤモヤって、僕たちが見えなかった?」
「俺も見なかったし、変な感じはなかったぞ?」
「アタシも特に異常は感じなかったけど」
「「ぶーっ」」
兄様たちのやんわりとした見間違いでは? という空気にディディと二人でブーイングです!
「くろいのあったの!」
ブンブンと両手を振り回しながら強く主張していたら、父様とフィルが驚いてこっちを見ている。
そこへ、開いた窓から弾丸のようなモノがビューンと飛び込んできた。
「へぶっ」
いたーい! なんかぼくの顔にビッタンて張り付いたよう。
『ただいまー! おうとかんこー、たのしかったぞー』
「チル。もう! また、どっかいってた」
ぷうっと頬を膨らませると、その頬に向かってチョンチョンと頭突きをしてくる水妖精のチル。
今日は珍しくチロと二人でお出かけだったよね?
『キャー! ひゅーが……ひゅーが、けがれてるぅぅぅぅぅぅぅ』
ビッタン! またぼくの顔に妖精がへばり付きました。
「うぐぐぐぅ。チロ?」
『なんで、ひゅーに、けがれが? ちょっとアンタ。ひのせーれーでしょ! じょうかしてよっ』
ぼくの顔から離れたチロは、バビューンとディディの頭へと飛んでいき、バシバシとディディの艶々ボディを叩いている。
「僕に穢れ?」
兄様は突然のことにキョトン顔。
「にいたま、きれいよー」
別にどこも汚れてないし、むしろお城に出かけたので、いつものお洋服よりもキラキラしているよ?
部屋の中が微妙な空気に包まれた中、突然バッターンと扉が乱暴に開けられた。
「おーい、ギル。マイルズの爺さんから報告書が届いてるぜ。なんか騎士団の敷地に泉ができたって……、あれ?」
リンって……タイミングが激悪です。
こめかみがピクピクしているフィルに、いっぱい怒られればいいよ。