穢れ 1
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いつも、ありがとうございます。
予定した時間よりも早く、ブルーベル辺境伯の王都屋敷に帰ってきたぼくたちを、フィルはいつもと変わらない優しい微笑みで出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。父様はいるかな?」
兄様は馬車の中でも、自分の態度が悪かったからウィルフレッド殿下からブルーベル辺境伯に抗議があるかもしれないって反省していた。
黙っていたらわからないと思うけど、ちゃんと父様に報告するつもりなのだ。
フィルはぼくを抱っこすると、王都屋敷にあるハーバード様の執務室に案内してくれた。
「おう。早かったな」
父様は立派な執務机でうんうんと唸って書類を片付けていたが、ぼくたちが訪れるとパッ机から離れて、いそいそとソファーに腰掛けた。
ぼくと兄様、アルバート様とアリスターが部屋に入ると、フィルがナディアお祖母様を呼びにいく。
「父様……」
「どうした? ヒューが浮かない顔をしているなんて、久しぶりに見るな」
兄様は父様の言葉にちょっと顔を顰めて、ソファーに勧められるままに座った。
ぼくも兄様の隣にポスンと座って、足元には白銀と紫紺が伏せの状態で占領する。
兄様の後ろにはアリスターが立って、アルバート様は「疲れたー」とボヤキながら一人掛けのソファーに座る。
「ごめんなさい。失敗してしまいました」
兄様は深く頭を下げたあと、王子宮を訪れてからのことを全部、父様に報告してしまう。
「ちがーの! にいたまは、わるくない!」
たぶんだけど、兄様やアリスターが怒りっぽくなったのは理由がある!
だって、ぼくもなんかイライラして、むーって怒ったもの。
「うーん、ヒューは悪くないだろう? 言い方はともかくブルーベル辺境伯が軽く見られたことに違いはない」
「その通りです!」
ババァーンッとフィルが開いた扉からナディアお祖母様登場!
ツカツカとヒールの音を響かせて、父様の隣に座る。
「なんてこと! たかが王子宮の使用人ごときがそんな尊大な態度を取るなんて!」
ナディアお祖母様がプンプンしている。
「あー、あと、王弟のオーク夫人と息子が王子宮に訪ねてきていたぜ」
「は? なんであんな厄介者が?」
ナディアお祖母様の手の中で、青色の扇がビギッて聞こえたけど? あれれ?
もう一度、兄様が王子宮であったことと、兄様やアリスターが王子宮の使用人に感じたことを話して、アルバート様がオーク夫人じゃなかった、ジョスリン様たちの話をした。
「何を企んでいるのか……。まさか第三王子にすり寄っているとは思わなかったわ」
ジョスリン様は王弟様の奥様だけど、元々王弟アルヴィン様は幼い頃からの婚約者と愛し合っていて、その方が結婚されたあと亡くなっても再婚はしないと公言されていたらしい。
婚約者さんは体の弱い方だったみたいで、アルヴィン様にはその覚悟があったんだろうって。
なのに、三年前に急に伯爵家の出戻りであるジョスリン様と再婚された。
「アルフレッド様は反対しなかったのか?」
「したわよ。王家どころか当の伯爵家からも反対されたわ。でも、押し切ったのよ」
ジョスリン様は、最初に結婚した商会の跡継ぎが亡くなって生家である伯爵家に戻ってきた人。
でも伯爵家の皆さんからは、あまり好かれていなかったらしい。
「我儘で愚かで、業突く張りの娘なんて好かれるもんですか。伯爵家は真面目で素朴な良い方たちなのに、隠居したお祖父様が甘やかしたそうですよ」
嫡男と長女は、両親にも似て真面目で質素倹約な領民思いの方なのに、末っ子のジョスリン様はトラブルメーカー。
とうとう、身分の合う貴族の家では婚姻が結べず、平民だけど裕福な商会の跡継ぎと縁を結んだ。
「でもジャスパー様が産まれて半年して夫が死去。伯爵家に戻ってきてやりたい放題。そりゃ伯爵家だって公爵家と縁ができるのは喜ばしいけれど、ジョスリン様では、何の問題を起こすかとビクビクして気が休まらないわ」
ちなみにジャスパー様もジョスリン様が甘やかしているので、いろんな意味で近づいちゃダメな人だそうです。
「ジョスリン様たちが何の目的でウィルフレッド殿下に近づいているのか、このことはアルフレッド様の耳に入れておこう。あとは、王子宮の使用人の態度の悪さだな……」
「もちろん、抗議しますわよ。ブルーベル辺境伯に盾突いて無傷でいられたら、こちらが舐められますもの。いつだってブルーベル辺境伯は勝たなければならないのです!」
ナディアお祖母様が勇ましく宣言すると、「フィル! 馬車の用意を」と命じながら部屋を出て行ってしまった。
「え? 今からお城に行くのか?」
父様もビックリです。
「父様? 僕……どうしましょうか?」
「ああ。母上に任せておけ。もう王子宮に行くことはないぞ。それよりウィルフレッド殿下はどんな方だった?」
父様の好奇心全開の質問に、兄様は珍しく口を噤む。
どうやら、あんまり覚えてないのだろう。
「うーんとね、まっくろなかみ、かたまでながいの。おめめが、まっかで、とってもきれいなひとー」
ちょっと前髪が長くてお顔が見えにくかったのと、肌が白すぎて健康が心配になるレベルだったけど。
「真っ黒な髪?」
「真っ赤な瞳?」
父様と兄様が衝撃を受けたようにピタッと動作を止めるのを、ウィルフレッド殿下をバッチリ確認したぼくとアルバート様は不思議そうに眺めた。
「王家に黒い髪は……いなかったかな?」
「赤い瞳は珍しいですね」
父様と兄様が動揺しているのに気づかずに、ぼくはさらに大きな声で教えてあげる。
「それとねー、おみみが、ながくてー、とがっているのー」
ピンって先が尖っていたんだよ?
「「ええーっ!!」」
父様と兄様がビックリ顔で叫んで立ち上がりました。
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