お城へ 6
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いつも、ありがとうございます。
お城で王様たちにお会いしてから二日後、正式に第三王子様からの招待状が届いてご訪問することになりました。
でも招待状は、第三王子のウィルフレッド様からではなく、ブリリアント王家からとなってました。
「うーん、ウィルフレッド殿下は僕たちと会いたくないかもしれないね」
馬車に乗ってからずっと兄様は、腕を組んで眉間にシワを寄せて難しいことを考えているみたい。
ぼくもちょっと気鬱です。
アルバート様とアリスターが護衛として付いてきてくれているけど、ぼくと兄様だけでお城に行くのも不安だし。
白銀と紫紺も小さい姿で一緒だけど、真紅は何かやらかすかもしれないからお留守番。
チルとチロは、「お城に行くよ」と伝えてあったのに、チルはパトロールという名前の遊びに、チロは兄様の髪の毛に触った例の大きなアゲハ蝶を探しに出かけてしまった。
ガタンガタンと馬車に揺られて、お城の門を通り、そのお城の横を通り過ぎてしばらく走ると、木立の間から白い小さな宮殿が見えてきた。
「にいたま、あれ?」
ぼくが馬車の窓から宮殿を指差すと、兄様がぼくの指をそっと手で包んでしまう。
「お行儀が悪いよ、レン。たぶんあの宮殿がウィルフレッド殿下がお住まいになっている王子宮だろうね。それにしても……随分お城から離れているな」
お城の門からお城までも遠かったけど、王子宮はそのお城からも遠かった。
ガタンッとちょっと揺れて馬車が止まると、外から馬車の扉が開けられた。
兄様に手を引かれて馬車を降りると、馬から降りたアルバート様とアリスターが横にサッと並ぶ。
目の前には、セバスのようなお仕着せを着た男の人が立っていた。
鉄錆色の髪の毛をピシッと後ろに撫でつけて、背筋を伸ばして立っている姿はデキる使用人の姿だが、濃い藍色の瞳が冷たく、鋭く、ぼくたちを睨みつけている。
「お待ちしておりました。ヒューバート様、レン様。ウィルフレッド殿下がお待ちです、こちらにどうぞ」
ぼくは、兄様の手をギュッと握りしめてトテトテとその人の後ろを歩く。
宮殿の前でピタリと足を止めると、クルリと振り向きアルバート様に「護衛の方はここまでで」と待機場所を示される。
「……アリスターは同行します。許可は戴いてます」
兄様は懐から真っ白な招待状を出して、使用人の前に翳してみせる。
「……結構です」
ふいっと顔を前に向けてスタスタと歩き出すが、不機嫌さを表すようにその速度は上がっていた。
「アリスター?」
「ああ……。なんか、ディディが嫌がるんだよ」
アリスターの足に縋って、必死に首を左右に振ってイヤイヤをするディディ。
アルバート様が、ひょいとディディのむっちりとした体を抱き上げる。
「俺がここでディディを預かっていてやるから、早く行け」
顎で示された方へ目を走らせると、使用人の背中が大分離れてしまっていた。
「急ぐぞ」
兄様がぼくを抱き上げて、長い足でスタスタと早く歩く。
アリスターは、相棒に少し未練気な視線を送るけど、護衛対象である兄様の背中を追う。
ぼくは兄様に抱っこされながら、アルバート様がディディの右足を持ってフリフリと手を振るのを複雑な気分で見送った。
朝、王都屋敷を出発するときに父様から言われた言葉を思い出して。
「いいか、アルバート。王家が正式に護衛は回せないと忠告してきた。何かあったときはブルーベル辺境伯の名前を出して強行突破しろ。それまでは大人しく爪を隠しておけよ」
「わかったよ。アドルフたちに王家相手のガチンコはキツイもんな。ちゃんと可愛い甥っ子たちは守ってみせるぜ」
「……。それも頼むが……白銀と紫紺がやり過ぎないようにフォローも頼む」
「げえっ。そ……それは、無理難題じゃ……」
頼むぞと、父様がいい笑顔でアルバート様の肩をバシバシ叩いていた。
ぼくも、いざとなったら白銀と紫紺を守らなきゃ!
使用人がとっても嫌な顔をして案内してくれた部屋に入る。
そして、やっぱりとっても面倒と顔に書いてあるメイドさんたちが、ぼくたちにお茶やお菓子を用意してくれる。
ぼくたちの前には、ブリリアント王国の第三王子、ウィルフレッド殿下が静かに座って待っていた。
「ウィルフレッド殿下。ブルーベル辺境伯騎士団団長のご子息たちです。挨拶だけでもしてやってください」
兄様の眉がピクリと動いた気がしたが、兄様はニッコリとウィルフレッド殿下に笑いかけた。
「初めまして。ブルーベル辺境伯騎士団団長ギルバートの一子、ヒューバートです。弟のレンです」
「レンです」
兄様が右手を胸に当て礼をするのを真似て、ぼくも頭を下げたけど……ウィルフレッド殿下は座ったまま顔を上げることもしない。
「ウィルフレッド殿下。気が進まなければ客人には帰ってもらいましょう。そもそもこちらがお呼びしたわけでもなく、相手が貴族位でもないのですから」
フフンと鼻で笑ってぼくたちを蔑む使用人の態度にぼくはムカッとした。
あれれれ? ぼく、怒ったの?
「貴族ではないが、王家とは懇意にしているブルーベル辺境伯家の者だ。まさか、王族が我が一族に何か思うことでもあるのか!」
ビクン!
え? 兄様どうしたの? なんでそんになに怒っているの?
いつも優しい笑顔で余裕のある態度の兄様しか知らないから、使用人の失礼な言葉に顔を歪めて怒りを露わにしている兄様が珍しくて、ぼくはキョトンとしてしまう。
白銀と紫紺もビックリした顔で兄様を見つめている。
あ、そうだ! 後ろに立って控えているアリスターに止めてもらおうと振り返ると、アリスターはもう少しで剣の柄に手を伸ばすところだった。
いやいや、ダメダメだよ! ぼくがあわあわしたのに気づいたのか、紫紺が尻尾でペシンとアリスターの右手を叩いてくれる。
「おやおや。そんな気持ちは微塵もありませんとも。辺境の地で蛮族とやり合い、汚らわしき魔獣と戦う辺境伯騎士団の未来の騎士様。ただ、この王都にいると田舎のことにはどうも疎くて」
ここまで案内してきた使用人はクスクスと笑うが、部屋の中に控えているメイドさんたちはクスリとも笑わず能面のように顔が無表情だ。
「ほう。貴様は使用人の身分でブルーベル辺境伯騎士団を愚弄するか? それともウィルフレッド殿下のお気持ちを代弁しているとでも?」
兄様が握っている拳が、力を込めすぎてブルブルと震えている。
白銀も兄様の様子がおかしいと気づいたのか、兄様の足元をウロウロと回り出した。
ぼくも、オロオロと兄様と陰険使用人とウィルフレッド殿下にと視線を巡らせる。
ウィルフレッド殿下も二人のバチバチな雰囲気にオドオドとしているようだった。
小さな声で使用人を「チェスター」と諫める声が聞こえた気がする。
後ろに立っているアリスターからは、怒りのオーラが漏れ出ているみたいで怖くて振り向けないし。
ど……どうしよう……。
どんどんエスカレートしていく兄様たちのやり取りに涙目になりそうだったぼくの瞳に、チラッと映ったもの。
ぼくは両目をコシコシと擦って、目を見開いてそれを見てみる。
チェスターとウィルフレッド殿下に呼ばれていた使用人と、壁に置物のごとく立っているメイドさんたちの体から立ち昇っているもの。
それは……お城の後ろに見えたあの黒い靄だった。
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