お城へ 5
馬車の中でぐっすりと眠ったぼくは元気です!
王都屋敷に着いたぼくたちの馬車を、執事服を窮屈そうに着たリンがお出迎え。
フィルと一緒に馬車を降りるのを手伝ってくれる。
護衛してくれたアルバート様たちは馬に乗ったまま厩へと移動。
「あー、疲れた」
父様は、キッチリと着ていた騎士の正装をどんどん着崩していき、マントもバサッと脱いでリンへと投げてしまう。
「なんですか! こんなところで。そんなに寛ぎたいなら早く屋敷へ入りなさい」
ナディアお祖母様にお説教されながら父様は屋敷の中へ。
ほくと兄様はお互い顔を見合わせて「ふふふ」と笑い合う。
ふと、思った。
お城にいる第三王子様はいつも一人ぼっちなのだろうか? エルドレッド様は優しそうだったけど、兄弟で仲良くお話ししたりお菓子を食べたりしないのだろうか?
「レン?」
ぼくは、ふるりと頭を振って兄様が差し出した手に自分の手を重ねてニッコリと笑った。
普段着に着替えて、王都屋敷の家族用のサロンに集まったぼくらはのんびりとした空気感に浸りながらも、第三王子様を話題にする。
「母上。第三王子のウィルフレッド様ってお会いしたことありますか?」
「いいえ。体が弱くてほとんど公の席には姿を現してないわ。エルドレッド様とジャレッド様が優秀だし、もしかしたら第三王子の存在すら知らない貴族もいそうね」
ナディアお祖母様は、社交が苦手なお祖父様の代わりに王都を行き来しているし、ハーバード様の補佐として王都屋敷に度々滞在している。
それこそ、ジャレッド様のご学友にと開かれたお茶会にもユージーン様と同席している。
ただし、ユージーン様の自由奔放な性格に、真面目なジャレッド様は付いていけず、深い交流はなかった。
「でも、一度も会ったことはないわ」
「俺も、アンジェから第三王子の話は聞いたことがない。王妃様とは仲が良く手紙のやり取りもしているのに」
父様とナディアお祖母様は、難しい顔をして黙り込む。
「俺は噂には聞いたことがあるぜ」
突然、アルバート様が話に割り込んできた。
「冒険者仲間にはブリリアント王国の隠された王子って噂話は有名だ」
サクッとクッキーを食べながらしゃべりだすから、マナーに厳しいナディアお祖母様の眼がキラリンと光った。
「噂? 隠された王子ってなんだ?」
「ブリリアント王国の三番目の王子は呪われた王子で、醜い容姿が人前に出せずに城の奥深くに隠されているっていう噂」
ナディアお祖母様がサッとアルバート様の前からお菓子のお皿を取り上げて、キリリと眉尻を上げる。
「なぜ呪われているなどと噂が出るのです? しかも醜いなど? エルドレッド様の話では人見知りで僅かの使用人としか接触しないとのことでしたよ?」
「ああ……。なんだっけ? 確かお城を辞めた使用人が言い出したんだよ。第三王子の容姿は王族とは違うって。普通はどちらかの不貞を疑うが、国王夫妻はお互いが不二の関係だろ?」
王妃の不貞もでもなく、王が別に妃を迎えたわけでもないのに、第三王子の容姿は王族としてはありえない容姿をしていた。
それから、どんどん噂に尾ひれが付いていき、冒険者たちの間では「呪われた王子は容姿を醜く変えられて、城の奥深くに閉じ込められている」と広められるようになった。
「……本当に、呪われているのかな?」
兄様がムムムと眉間にシワを寄せて考えていると、アルバート様がワハハハと大笑いして兄様の背中をバシバシ叩く。
「んなわけねぇよ! せいぜい体が弱くて大人しくしているってレベルだろ? 王族だってあちこちの貴族や他国の王族と婚姻しているんだ。たまには髪の色や瞳の色が珍しい子供も産まれるだろうよ」
アルバート様の推測に、父様もうんうんと頷いて同意する。
「そうだな。貴族同士の婚姻だと、ついついその家の持っている色が注視されるが、市民の間ではそんなことは気にしない」
黒髪の親から青い髪の子供が産まれたり、紫の瞳の親から金色の瞳の子供が産まれたりする。
「んゆ? いでんじゃないの」
ぼくの小さな呟きは誰の耳にも届かなかったみたいで、誰々の家の子供の髪の色やら、何々家の代々の瞳の色やらの話で盛り上がっていた。
「ウィルフレッド様か……。僕が役に立てればいいんだけど」
兄様が自信のない声でポツリと零した。
「にいたま?」
「僕はね、足を怪我していて家に籠りきっりだったから同年代の友達がいないんだ」
元々、父様は分家を興して爵位をもらうことを拒否していたので平民扱いだから、兄様はお友達を作るためのお茶会をしたり、呼ばれたりはしなかった。
騎士団長の子供として、街に降りて子供たちと無邪気に遊ぶこともできなかった。
そもそも、足を怪我してしまったし。
ブルーベル辺境伯の分家の子供たちは、親の命令で兄様やユージーン様の居場所を奪い取ろうと狙ってくる子ばかりで。
「困ったな。ウィルフレッド様と何を話せばいいんだ」
珍しく、兄様が困っていた。
「アリスターは? ともだち」
兄様のお友達と言えば、アリスターだと思うよ?
「アリスターとは剣術とか勉強とかばかりで……。友達らしいこととかは……」
なんだか、兄様がかわいそうになってきた。
「にいたま。あしょぶ! だいじよ」
思わず両手を握って力説しちゃったよ。
その日の夜。
そろそろ、ベッドに入ろうかと思ったときに、パトロールと称して遊びに行っていたチルが帰ってきた。
そして、お城に連れて行き王様に挨拶をさせなかったとして、ぼくと兄様はめちゃくちゃ怒られた。
正座してたら、足が痺れちゃったよー。
だって、チルってば、いっつも黙ってどこかに遊びに行っちゃうじゃないか!
『おれも、おーさま、あいたかったのにーっ』
イタタ! 髪の毛引っ張らないでー。