王都屋敷 5
ぼくたちが王都に買い物に行くのに、用意された馬車が三台あるのはどうして?
ぼくたちが乗るのは二頭立ての細身な馬車で、あと二台は馬一頭に飾りっ気のない馬車で、アドルフとレイフが馭者席に座っている。
「さあ、レン。馬車に乗ろうね」
兄様がぼくの手を引いて馬車に乗せてくれた。
白銀と紫紺は小さい体のまま、トントンと跳ねるようにして馬車に乗り込んでくる。
真紅は籠に入ったまま、ぼくの隣にポスンと置かれて、リリとメグは後ろの荷台に乗っていく。
「さあ、アルバート。出してちょーだい」
「はい、はい」
ナディアお祖母様の声かけに、ちょっと不機嫌そうなアルバート様が馭者席へと回り込む。
父様が最後に乗って、フィルが「楽しんできてくださいませ」と笑顔で馬車の扉を閉める。
ガクンと大きく揺れたあと、カッポカッポとお馬さんたちが動きだした。
「なんだ、レン。不思議そうな顔をして」
「とうたま。なんで、ばしゃがいっぱい?」
ぼくたちとリリとメグ、護衛の騎士だけなら三台も馬車は必要ないよね?
父様は「あー」とか「うー」とか唸って教えてくれない。
「レン。後ろの二台は買った物を運ぶ用なんだよ」
兄様が、何かを悟った表情をする。
そ……そっか……。
ブルーパドルの街での買い物も大変だったけど……王都でも大変そう。
ちなみにフィルは王都屋敷でのお仕事があるので留守番で、ぼくたちのお世話は昨日から死相が消えないリンがしてくれるんだって。
「失敗したら、わかっているな」
フィルがとっても低っーい声でリンの耳にそう囁いていたって、白銀が面白そうに教えてくれたけど、これもリンへの教育なのかな?
つ……疲れた……。
今回も兄様と一緒にあれもこれもと着せ替えられて、フリフリだったりヒラヒラだったり、ぼく男の子なのにピンクだったり、真っ赤だったり……言われるままに腕を上げて足を上げて、後ろを向いて、クルッと一回転したり……。
「ちゅ……ちゅかれたの」
ぐでぇと、大きくなった白銀の背中に倒れています。
兄様の笑顔が固まったまま、もうずっーと表情が変わらないのも怖いです。
「もう、終わりよ。ヒューとレンの服の仕立ても頼んだし、生まれた孫たちの分も沢山買ったし、ああーっ!満足だわ!」
ナディアお祖母様のご機嫌が上限突破しているみたいです。
よかったね。
「買いすぎですよ。用意した馬車は満杯だし。その他に仕立てたりお直しを頼んだ分もあるんですよ?」
珍しく父様がナディアお祖母様を窘める。
「あら? 私はお前の服を仕立てるのを我慢してやったのよ? フィルに言われたでしょ? お前も今後は王都に来るのだし、何着か仕立ててもいいのではなくて?」
「いりません! 俺は騎士ですから。騎士の正装で充分です!」
騎士の正装って、学校の制服みたいに使い勝手がいいんだね。
隣で兄様が「僕も早く騎士になろう」って、拳を握っていたよ。
最後の洋服屋さんを出て、リンの案内でお昼ご飯を食べる予約をしていたレストランへ徒歩で移動します。
ぼくは、父様に抱っこしてもらってます。
リンとアルバート様が先導して、アドルフとレイフが最後尾で護衛してくれて、アリスターはディディを背中のリュックに入れて兄様の隣を歩いている。
「これから行くレストランは、俺たち兄弟が小さい頃から利用している店なんだ。とっても美味しいから期待していろよ」
「あい!」
そして、連れて来られたお店はデデーンと建つお屋敷みたいな建物で、前の世界の迎賓館みたいな佇まいで、ぼくはちょっとビビってしまう。
お仕着せを着た壮年の男の人の案内でお店の中をグルグル歩いて、辿り着いたテーブルはお店の裏庭の中にあった。
チラッと見たテラス席には、華やかなお花がいっぱい咲いてたのに、このお庭には料理に使うハーブ園とか、小さな花の野草がいっぱい。
でも、席に着いたナディアお祖母様と父様はニッコニコで、案内人の指示で出された果実水を美味しそうに飲んでいる。
「いいね、この席。とっても落ち着くよ。それに、アリスターたちとも一緒にご飯が食べれるしね」
パチンとウィンクする兄様に一瞬見惚れて、そのあとぐるりと辺りを見回した。
ぼくたちの席とはちょっと離れているけど、確かにアドルフとレイフも、アリスターとディディもリリとメグもテーブルについている。
ぼくたちの席にはアルバート様も座っている。
リンはここでは給仕もするみたい。
優しい花の匂いと美味しいご飯の匂いに包まれて、涼しい風がふわりと吹いて爽やかな葉擦れの音、とっても楽しい時間が流れた。
食事を終えて、まったりしているぼくたちの元に、大きな真っ黒なチョウチョがヒラヒラと飛んでくる。
「にいたま!ちょーちょ」
「そうだね。珍しい種類かな? ぼくは見たことがないよ」
ヒラヒラと飛んでいるのをぼくたちが目で追っていると、チョウチョはふんわりと兄様の頭の上に着地した。
「ふわあああ!」
兄様の輝く金髪と、真っ黒なチョウチョがとっても素敵! まるでチョウチョの髪飾りをしているみたいだ!
「なんか……感じるな?」
「そうね。なんか……感じるわね」
満腹で毛繕いをしたあと、ウトウトと寝ていた白銀と紫紺が、兄様の頭の上のチョウチョに興味を示す。
チョウチョは、アゲハ蝶だったみたいで、羽は真っ黒ではなく紫と青の色が入っていて、とっても鮮やかな羽だった。
『ワタシの、ひゅー、なのにぃぃぃ』
いつのまにか、チロがぼくの肩に乗っていて、恨めしい顔でチョウチョを睨んでいる。