王都屋敷 4
王都屋敷に用意してもらったお部屋は、兄様と一緒のお部屋でした。
白銀と紫紺と一緒でも、大きなベッドに一人で寝るのは寂しいから、兄様と一緒は嬉しいけど。
お部屋は、薄い青色の壁とクルミ色の板張りの床に大きな窓には真っ白なカーテン、調度品は木材の温かみのある色合いで落ち着く内装だった。
どうやら、兄様の好みに合わしたお部屋になっているみたい。
「レン、この部屋でいいかな?」
「あい!」
ぼくが気に入らなかったら、別の部屋が用意されるのだろうか? それは、ちょっと……我儘になりませんか?
白銀と紫紺は兄様が開けた扉からスルリと体を滑らせて部屋の中へ、フンフンとあちこちの匂いを確認したあと、ソファーセットに敷かれた毛足の長いアイボリー色のラグの上にゴロリと横になった。
その後、リリとメグが用意してくれたお風呂に入って、白銀と紫紺を洗って、湯上りの果実水を飲んで、白銀と紫紺をブラッシングして、真紅の身だしなみを整えて……と色々してたら、あっという間にお夕飯の時間になりました。
フィルがお部屋に迎えにきてくれて、兄様たちとお食事をする食堂に移動します。
王都屋敷の左翼側は、煌びやかな装飾や調度品が並べられているというより、落ち着いたシックな雰囲気になっている。
でも、気を付けないと花瓶とか割っちゃうかもしれないから、白銀と紫紺は走っちゃダメ!
案内された食堂には、ビックリするぐらい長いテーブルとその上に幾つもの燭台が置かれていて、銀食器がキラキラと天井からのシャンデリアの灯りに輝いていた。
給仕役の使用人がズラッと壁に並んでいて、目が白黒しちゃう。
緊張して、思わず繋いでいた兄様の手をギュッと握ってしまった。
「大丈夫だよ。そのうち慣れるから」
ぼくを安心させるように兄様は笑ってくれたけど、兄様はこんなに沢山の人の前でご飯を食べるのに慣れているんだろうか?
ぼくだけでも、アリスターたち騎士さんと一緒にわいわい騒ぎながら、庶民食を食べたい気持ちです。
旅の間着ていた簡易な服から美しいドレスに着替えたナディアお祖母様が、ニコニコ顔でぼくたちを手招きしている。
気のせいか、アルバート様がげっそりしているような?
兄様の隣の椅子に座って、なんとかディナーを食べることができました。
給仕のメイドさん二人かがりで、食事のお手伝いをされたときには、恥ずかしく口が開けられなかったけど、いつものように兄様が手伝ってくれたので食べれました。
満腹です。
「レンには、まだフォークもナイフも大きいんだね。フィル、次からはカトラリーを変えてくれ」
「かしこまりました。レン様にはご不便をおかけしまして、申し訳ないことです」
フィルが眉を下げて悲しそうな顔でぼくに深々と謝罪をするから、ビックリして慌てて頭を左右にブンブンと振ったんだ。
「いいの。ぼく、ちゃんと、たべれないで、ごめんなさい」
「レンはまだ小さいからそんなことは気にしないでいいんだぞ。美味しくご飯が食べれればいいから」
父様がぼくをひょいと抱き上げて、頬をスリスリしながら慰めてくれるけど……ちょっとお酒臭いよ?
ご飯を食べたあとは、みんなでサロンへ移動。
明日の予定や王都での予定の確認をするそうです。
フィルがサロンの扉を開けると、執事服を着たリンが真っ青な顔で立っていた。
「やっぱり、買い物よね」
ウキウキとナディアお祖母様はリリとメグと視線合わせて仲良く微笑み合うけど、その言葉に父様はうんざりとした顔を隠しもしない。
兄様は笑顔を張り付けた状態でフリーズしているよ。
「おかいもの?」
何か持ってくる物を忘れたんだろうかとぼくが首を傾げていると、ナディアお祖母様が満面な笑顔で「お洋服とか!」と買い物リストをずらずらと上げだした。
えーっ、お洋服はブルーパドルの街に行ったときに、いっぱい買ってもらったよ?
「おようふく、あるよ?」
「ダメよダメ! ヒューもレンも子供はすぐに大きくなるし、王都は流行りの先端!珍しいものもいっぱいあるのよ!」
ぼくはビックリ眼でナディアお祖母様の言葉にコクコクと頷きます。
そ、そんなに興奮するのことなのかな?
「レン……。明日は一日ナディアお祖母様にお付き合いしよう。気軽に街歩きするのは王様との謁見が終わったあとにしよう」
兄様は密かにため息をついて、紅茶を飲む。
買い物の言葉に興奮したのは、ナディアお祖母様たちだけじゃない。
「やっだー、アタシもいろいろと買いたいわ!」
紫紺がボワンと人化してナディアお祖母様におねだりする。
「いいわよ。紫紺ちゃんも新しいお洋服を仕立てなさい。王都は宝飾品もいろいろあるから、選ぶのが楽しいわよ」
「なにそれ! とっても素敵!」
女の人がお買い物好きなのは、どっちの世界でも変わらないんだね。
「母上。明日の予定はあとでフィルと相談してください。俺たちは付き合うだけですから。フィル、昼飯だけ店の予約を頼む」
買い物に付き合う前から疲れが見える父様にフィルは苦笑して応えてくれた。
「ヒュー、レン。明後日は王城に行って陛下に謁見だ。白銀と紫紺、真紅にも一緒に来てもらうし、アリスターにもディディを連れて同行してもらう」
「はい。アリスターにはもう伝えてあります」
明日が王都でナディアお祖母様たちとの買い物ツアーで、明後日が王城ツアーか……あ、そうだ!
「とうたま! ぼく、きょうかい、いきたい、です!」
はいっ! 王都の教会なら大きくてシエル様に会えるかもしれないし、王都に来ましたよってご報告もしなきゃ。
そうそう、神獣フェニックスの真紅と知り合ったこともお話ししたいし、火の妖精王様と会ったこと、ブルーフレイムの街に温泉施設を作ったことも話したいんだ!
ぼくの滅多にないおねだりに父様とナディアお祖母様は顔を見合わせた。
「レン、王都の教会で俺たちが行くのに適しているのは数ヵ所あるが、個別に部屋を取らなければならない。ふらっと行くのには身分が邪魔でな。だから予約をしないと行けないんだ」
「……ダメ?」
王都では教会に行ってお祈りするのも大変そうだ。
「大丈夫よ。ただ数日かかるわ。フィル、大聖堂に予約を入れといてちょうだい」
「かしこまりました」
ええーっ! だ、大聖堂ってすごい教会なのでは? ぼくは街にある住んでいる人が気軽に通っている教会でいいんだけどなぁ。
ぼくが大事になりそうな事態に逡巡していると、足元に伏せていた白銀がムクリと起き上がり、ぼくの頬をペロリとひと舐め。
「レン。たぶんシエル様に会うならその大聖堂じゃないと無理だぞ。シエル様の力が残る何かがないと干渉できないからな。諦めろ」
むーっ、じゃあしょうがないか……大聖堂でシエル様にお祈りをしようっと。
「フィル、おねがい」
ぼくからもフィルにお願いすると、優しく目を細めて頷いてくれた。
<ぎゃああああ!いやだーいやだー!俺様はシエルになんかあいたくねぇーっ!>
「うわぁっ、フィル叔父さんがあんな顔するなんて……明日で世界が終わる」
あのさ、真紅もリンも言わなくていいことがあるって知らないのかな?
真紅は人化したままの紫紺に首根っこを摘まみあげられてシエル様への態度の悪さをクドクドとお説教されているし、リンはフィルの迫力のある笑顔に半泣きになって許しを乞うている。
「……もう、寝るか。明日は早いしな」
父様が「巻き込まれたくない」との態度に、ぼくらも賛成してサロンを去るのだった。