王都屋敷 3
やってきました、王都! そして、ブルーベル辺境伯の王都屋敷!
想像していたよりも百倍は立派な建物でした!
働いている使用人の皆さんもいっぱいいて、たぶんぼくはみんなの名前は覚えられそうもありません。
でも、セバスの叔父さんでブルーパドルのお屋敷に勤めているセバス父の弟さん、セバスフィルさんは覚えたよ!
兄様が「フィル」って呼んでいたから、ぼくも「フィル」って呼びます。
フィルはナディアお祖母様に丁寧に挨拶した後、使用人たちにキビキビと指示を出しています。
馬車を移動、荷物を運ぶ、ぼくたち以外の客人を捌く……と人が目まぐるしく動き出しました。
「きゅう」
「あら、レンが目を回したわ」
フラフラしたぼくを、スベスベの背中で支えてくれた紫紺と、ぼくの足元に伏せの体勢でクッションの代わりになってくれた白銀。
「ありがと」
アリスターと話していた兄様も気が付いて慌ててぼくのところへ走ってきた。
「大丈夫、レン? 早くお屋敷の中に入って、休もうね」
ぼくは、リリとメグと一緒にお屋敷の中へ。
お屋敷の中もすごくキラキラしていたよ? 絶対に走ったらダメな場所だと思ったから、白銀と紫紺にも大人しくしてねってお願いしました。
だって、何か壊しても弁償できないよ? なんで、ただの廊下にこんなにいろいろと飾っているんだろうね?
フィルが先導して案内してくれたのは、ぼくたちが滞在することになる左翼の二階にある家族たちが集うサロンの一室だ。
少し濃い青色を基調とした壁と絨緞に、黒っぽい木材の家具がカッコよく決まっているお部屋だった。
ポスンと真っ白なソファーに座らせてもらって、足をブラブラさせていると、リリとメグが他のメイドさんと一緒にお茶とお菓子を用意してくれる。
忘れずに白銀と紫紺にお茶とお茶菓子代わりのお肉……? 真紅には水と果物。
<俺様にも菓子を食わせろーっ!>
籠の中でバササッバサササッと翼を動かして羽が飛び散って迷惑です!
もう、しょうがないなー。
「リリ、しんくにも、おかち」
「はい。かしこまりました」
リリとメグがクスクス笑っているよ?
ぼくと兄様の隣にナディアお祖母様が優雅に腰掛けて、「あらあら」と笑いながらぼくのお口の周りをハンカチで拭いてくれる。
「ありがと」
「ふふふ。どういたしまして」
そんな和やかなティータイムに、どやどやとうるさい足音が扉の向こうから聞こえてきた。
「来ましたね」
フィルが不敵に笑ってノックされる前に扉を勢いよく開ける。
「うわっ」
前のめりに倒れこんできたのは、アルバート様とセバスの弟のセバスリン。
うん、ぼくたちの他にも誰かが来るんだろうな、て思ってたよ。
だって、リリとメグが用意したお茶とお菓子が、人数分より多かったからね。
「遅いですよ。早く座りなさい」
フィルに促されて、アルバート様たちはぼくとは向かい側のソファーにドスンと乱暴に座る。
父様がちょっと眉を顰めてアルバート様たちを睨んで、そしてナディアお祖母様が持つカップからビキッと乾いた音がしたような?
「皆様、長旅お疲れさまでした。今日はご夕食までお部屋でゆっくりと寛いでください」
フィルが綺麗にお辞儀する。
ぼくと兄様は軽く湯浴みをしたあと、同じく湯浴みをする白銀と紫紺のブラッシングをしてゆっくりと過ごそうと話し合った。
湯浴みの言葉に紫紺は嬉しそうにニンマリと笑ってお髭もピーンとしたけど、白銀は耳と尻尾をしゅーんと下げて情けない顔をしていた。
そんなに、お風呂嫌いなの? とっても気持ちいいのになぁ。
真紅もちゃんと蒸したタオルで拭いてあげるからね!
<あぁ?>
ぼくと兄様は籠の中の不機嫌そうな真紅を覗いて、ふふふと笑い合ったんだ!
「さて、ギルバート様、アルバート様、リン……私の言いたいことが何か、わかりますよね?」
フィルは子供の頃、ブルーベル辺境伯領地でセバス三兄弟の父親代わりとしてリンたちの教育をしていた。
父親のセバスチャンは俺たちの父親の後始末……じゃなかった補佐で大変だったからな。
フィルは、どちらかというとセバスティーノに似た優男風で、とても温厚そうに見える外見をしている。
だが、俺たちブルーベル辺境伯家の者は知っている。
こういう男を怒らせるのが、どれだけ怖いことか!
俺が怒られるのは、あの件だろうな……、俺が悪いんだけど……言い訳もせずにとっとと謝ってしまおう。
「フィル、すまなかった」
軽く下げた頭に感じるフィルの探るような視線。
俺は背中に流れる汗を感じながら、謝罪の気持ちが通じるように願った。
「ふうっ。ギルバート様、私は何度か王都屋敷にも顔を出すように手紙を差し上げていましたよね? ヒューバート様のことがあり、王都にまで足を運びにくくなったことは理解できますが、例のお家騒動が終わってから一年経っても王都に来ないのは……怠慢です」
「すみません。ちょっと浮かれてました」
た……確かにあれだけの騒動を事前報告済であったとしても、事後処理もいろいろとあるのに、王家への報告や高位貴族への牽制などをハーバードひとりに任せてしまったからな……。
だって、ヒューの足が治ったり、レンを養子に迎えたり色々とあったから……。
「それよりも、私が怒っているのは……報告がなかったことです! 今回の王家からの招待がなかったら私はヒューバート様の足が治ったことも、レン様を養子に迎えたことも知らなかったんですよ!」
「あっ……れてた」
そういえば、そっちの報告はしてなかった……娘の誕生は今回の王都訪問と合わせて報告したが……あれ?
「す、すまなかった! 本当に、すまなかった!」
俺はガバッと頭をさらに下げた。
ヤバい! 激怒したフィルなんて見たくない!
しばらく冷えた無言の時間が流れたが、フィルのため息と「ま、いいでしょう」との許しの言葉で、俺は息をすることができた。
よ、よかった……。
「ギルバート様はこれから気をつけてください。では、アルバート様。あなたも王都に来たときには立ち寄るように命令されていたはずです」
「あー……。だって俺、冒険者だぜ? 貴族街に来るのはちょっと……」
アルバートが、フィルにビビりながらも、菓子に手を伸ばして言い訳を始める。
俺はこのときほど末弟がバカだと思ったことはない。
「私は命令と言いました。貴方の都合なんてどうでもいいのです」
シュッと音がしたかと思ったら、アルバートが手に持っていた焼き菓子が真っ二つに割れ、アルバートの長めの前髪がパラリと数本切られてテーブルに散った。
「あ……あれ?」
アルバートも高ランク冒険者なんだけどな……防御できないレベルの風魔法……魔法制御も神業レベル……すごいな、フィル。
「次はないですよ。命令は絶対です」
「は……はい。すみません」
バカだな……最初から謝っていればいいのに……。
俺は気落ちして丸くなったアルバートの背中を、ポンポンと軽く叩いて慰めた。
「リン。お前は再教育だ。王都では冒険者ではなく、私の元で修行しなさい」
「ええーっ! またかよっ。俺、ティアゴ兄とティーノ兄にしごかれたのにぃぃぃぃっ」
だから、お前らフィルに逆らうなよ。
フィルは優しそうな微笑みは絶やさず、目の奥だけがギラリと鋭く光っていた。