王都屋敷 2
僕も生まれて初めて訪れる王都の街並み。
レンが得意げに「騎士の門」と指差したのは、ここ王都のみに設置された「王族専用の門」だった。
予想が外れてしょんぼりしちゃうレンの姿もかわいいけど、これからも僕と一緒に度々王都を訪れるだろうから、王都の門のことを教えておこう。
王国騎士団の新米騎士が配属されるその門は、どこの門よりも装飾過多で重々しい空気感が漂い、正直気分が滅入る。
応対した騎士も、父様が言っていたとおり「愛想がない」騎士で、無言で父様が差し出した王家からの招待状を改め、馬車の中を覗きこみ、アドルフたち護衛の騎士を鼻で笑った。
今、お前が笑ったその騎士たちは、お前よりも実力は遥かに高いけどな!と心の中でせせら笑っていた。
きっと、騎士たちの中で一番弱いアリスターと対戦しても、瞬きしている間に決着が着くだろう。
僕たちの馬車が門を通り過ぎたあと、アルバート叔父さんたちが乗っている馬車で大きな声が聞こえてきたから、僕はさりげなくレンの興味を逸らした。
「ほら、レン。門を過ぎてもしばらくは畑や牧場があって、あの川を渡らないと人が住む場所には入れないんだよ」
「んゆ?」
レンはじーっと、黒い円らな瞳で、緑が濃い畑が風で波打つのを見つめる。
そして、馬車はゴトゴトと橋を渡り、もう一つの門を通り過ぎて市民街へと入って行く。
最初に目に入るのは、貴族の馬車用の広い敷地だ。
他の通用門でも、門のすぐ近くに広い敷地が用意されているが、貴族はここで外から持ってきた荷物を仕分け、懇意にしている商会や荷馬車に積み直して屋敷へと運ぶ。
貴族たちは、王都を走るのに相応しい豪奢な馬車に乗り換え、悠々と屋敷に戻るのだ。
市民の場合は乗合馬車や馬車の預かり場所、貸馬車屋があり、その日に移動する人たちでひしめき合っているらしい。
そして、その広い馬車止まり場を過ぎると、二、三階建てが多いブループールの街とは違う、石造りの五、六階の建物が道に沿ってズラッと並んでいる。
ひとつの建物に幾つも仕切られた小部屋があって、王都の市民たちは賃料を払って間借りして住んでいる。
共同住宅が多いのは、王都の人口の多さと、一軒家の賃料が他の領地に比べて倍以上に高いからだ。
「にいたま。おうちが、みんなたかいねー」
レンが馬車の中から建物を仰ぎ見て、バランスを崩し僕の胸にポスンと倒れてきた。
僕はもちろん、しっかりとキャッチ!
「あぶないよ、レン。ちゃんと座ろうね。もっと先には大通りがあっていろんな商品を売っている商品街や、屋台街があるらしいよ。今度、一緒に行こうね!」
「あい!」
僕の顔を見てニッコリと笑う、レンがかわいい。
父様が向かいの席で「俺も、俺も行く」とアピールをしているが、笑顔でスルーしておきます。
残念ながら、この馬車は市民街の端を通り抜け、衛兵が監視する門を通り貴族街へと進んでいく。
貴族街は、静寂なキチンと整備された区画に爵位順に割り当てられ、贅を凝らした造りの屋敷を立てたり、外国の珍しい建築様式を取り入れたりして、貴族らしくお互いに見栄を張っている。
僕たちが王都に滞在するブルーベル辺境伯の王都屋敷は、かなり貴族街の奥、王城の近くに建てられている。
爵位を考えたら妥当だけど、ユージーンの話では退屈しないでいられる程度の広さはあるらしい。
ゴトゴトと馬車に揺られてしばらくすると、洒落たデザインの鉄柵の門が見えてきた。
左右に開かれていく門の中へ吸い込まれるように馬車が進む。
門を越えると、石畳みが白と薄い青の石を組み合わせた模様に変わり、大型馬車が二台は通れそうな道幅があり、その左右には等間隔に木々が植えられている。
レンがお屋敷の規模の大きさに口を開けて呆然としているのが可笑しくて、ちょっと顔を綻ばせる。
白銀と紫紺も馬車の窓から、仲良く並んで外を眺めているし、籠の中に入っていた真紅がパタパタと小さな翼を動かして白銀の頭に着地した。
「まだ……おやしき、みえない」
「ほら、もうすぐ見えるよ。噴水があるのがわかるかい?」
僕の指差した方向を、目を細めて見るレンの顔がかわいかったのか、ナディアお祖母様のテンションが爆上がりして、バシッバシッと扇で背中を叩かれている父様が憐れだ。
そして、僕も初めて見る王都屋敷の姿に歓声を上げる。
「わあああっ」
真ん中に水を吹き上げている大きな噴水があって、青と白の石畳みが噴水を囲むように伸びている。
木立がなくなり、一面鮮やかな緑色の芝と、左右に広がる花畑の色とりどりの色彩たち。
右側には、幾つもの品種の薔薇の花と、生垣で作られた迷宮があるらしい。
左側には、小花が多く動物の形に整えられた木々が見えるんだけど……。
僕がナディアお祖母様に探る視線を送ると、にんまりと笑った。
ああ……レンを喜ばせたいんだな……。
僕はレンが気付くまで、庭のことは黙っていようと思う。
確か、屋敷の裏には温室や庭園、ガセボもあると聞いているし、ゆっくりと二人で庭を探検しよう。
馬車を降りるとき、レンは緊張していた。
それは、王都屋敷で働く主な使用人が、並んで出迎えをしてくれたからだ。
ブルーベル辺境伯騎士団敷地内にある屋敷に、父様に連れられて初めて来たときも同じように出迎えたんだけど、忘れちゃった?
そこで、王都屋敷の采配を奮っているセバス三兄弟の叔父である、セバスフィルを見てレンはビックリ!
ここにもセバス一族がいたのか!って思ったのかな?
そのフィルは、僕を見て優しい両眼にうっすらと涙を湛えて「お久しぶりです、ヒューバート様」と挨拶をしてくれた。
そうだね、フィルにも心配をかけてしまったよね……僕の足のことで。
でも、もう大丈夫だよ! 僕のかわいい弟、レンが水の精霊王様にお願いして治してくれたから。
僕はフィルにニッコリと笑って、王都屋敷のみんなに見えるように高くジャンプしたあと、右手を胸に当て綺麗に一礼してみせた。
もちろん、みんな拍手して喜んでくれたよ。
でも、なぜかレンが一番興奮して喜んでるんだよね。
あー、僕の弟はかわいいな!