馬車の旅 3
到着しました!
転移門がある、ホワイトバート公爵邸に。
ちゃんと父様がアドルフに先触れに行ってもらって、公爵家からお返事を貰って、指定された時間と場所に来ましたけど。
「なにもないねー」
指定された場所は、ホワイトバート公爵邸の裏側に広がる何もない空き地に、ポツンと白い石造りの教会が建っているところ。
馬車から降りて兄様と手を繋いで歩いていたぼくは、キョロキョロと周りを見回して転移門を探すけど見当たらない。
「あら、レンは門があると思っているのかしら?」
ナディアお祖母様にコクンと頷いて返事。
ぼくの想像では、すっごい大きい門で、びっちりと彫刻がされている門だよ?
凱旋門とか、有名な地獄の門とかのイメージだったんだけど?違うの?
「ハハハ。本当に門が建っているわけじゃないよ。転移門は転移魔法が刻まれた魔法陣のことだ」
父様がぼくの頭を撫でながら、転移門について教えてくれた。
空き地にポツンと建っている教会の床一面に転移門の魔法陣が刻まれている。
強いて言えば、教会全体が転移門とも言えるよね?
その魔法陣に、魔石に込められた膨大な魔力を注入すると希望の場所に転移できるみたい。
「どうやって?」
転移門から転移門にしか転移できないとしても、転移する場所はどうやって指定するの?
「魔石を置く場所が転移したい場所になるんだよ」
ガァァァン!ぼくと同じく転移門が初めての兄様まで知っていたなんて!
ぼくもそろそろちゃんとお勉強しないとダメかな?
ちょっとしょんぼりしたぼくの手をペロッと白銀と紫紺が舐めてくれる。
うん、お勉強のことは王都から帰ってきてから、母様に相談しようっと。
かわいい妹もできたし、ぼくも成長しないとね!
教会に行くと、ホワイトバート公爵家の家宰とかいう人が待っていた。
他にも、ぼくたちが乗ってきた馬車や馬を預かってくれる宿の人も来ていたよ。
ここで、馭者のおじいさんとはお別れです。
また、王都から帰ってきたらブループールの街まで乗せてください。
「世話になる」
父様がホワイトバート公爵家の人に声をかけると、その人は面白くなさそうに鼻をフンッと鳴らした。
「王家に頼まれたから仕方なくですよ。さあ、貴方達貴族もどきと違って我が公爵家は忙しいのです。早く中へお入りください」
……なんか、態度が悪いと思います、この人。
兄様はぼくを守るように背中に庇い、兄様の前に白銀と紫紺が出て低い体勢で唸りだす。
アドルフとレイフも、いつもは優しい顔なのにキリリと眉が険しくなってしまった。
ナディアお祖母様と父様が涼しい顔で挨拶しているけど。
ぼくたちは、その人が早口で話す内容にちょっと圧倒された。
ホワイトバート公爵は王都で王族の侍医として領地にすら帰ってこれないほど頼りにされているとか、領地を任されている当主の弟も治癒魔法に優れ領地を回って領民を治療しているとか。
これって、自慢話なのだろうか?
ぼくと兄様は無言でただ聞いていたけど、にこやかに相槌をうち続ける父様がすごい。
それからも自称忙しいホワイトバート公爵家の人は、公爵家の方々のご自慢をたっぷりとしたあと、嫌々な態度満面で恭しく一つの魔石を父様に手渡した。
「では、私は忙しいのでここまでで」
クルッと背中を向けると教会を出て行きパタンと扉を閉めて、ガチャッンと鍵の締まる音がした。
「んゆ?」
もしかして、外から鍵をかけられちゃったの?
ギュッと兄様の上着の裾を握ると、その手を兄様がポンポンと軽く叩く。
「大丈夫だよ、レン」
「そうよ。転移門を使う場所は、ああやって外から鍵をかけられるようになっていて、使うときは必ず鍵をかけるのよ」
ナディアお祖母様がぼくにわかるように説明してくれたけど……ばあばは、なんで扇をギュッ―と握りしめているの?
「ばあば。おれちゃう」
「あらあら。私としたことが」
オホホホと上品に笑うナディアお祖母様をじとーっと見上げる白銀と紫紺。
「あー、ホワイトバート公爵家の家宰は、相変わらず嫌味な奴だなあ」
父様は、渡された魔石を指で器用にクルクルと回しながら、アドルフとレイフに笑いかける。
それでピリピリしていた二人の緊張が、すぐにふわっと解けたみたい。
リリとメグも真紅が入った籠を抱きしめるように抱えて、その二人を守るようにアルバート様たちが囲っていた。
「まったく、当主やその家族はマトモなのに、使用人が鼻持ちならないこと」
フンッとナディアお祖母様が鼻を鳴らして、扇をバサッと力強く開く。
「ギル兄!なんで黙ってるんだよっ。あいつ、使用人の分際で不敬だよ!」
アルバート様がプリプリ怒っているし、リンも目尻を吊り上げている。
「まあ、いいじゃないか。早く転移してしまおう。向こうでは王都の使用人が俺たちを待っているんだから」
父様は、アルバート様を軽くいなして、持っていた魔石を教会の祭壇の三つの窪みの一つに入れ込む。
その瞬間、教会の壁と床にブオンッと何かが張り巡らされたような感覚がした。
「ふーん。人がつくる魔法陣は面白いのね」
「うえっ。なんかややこしい力の流れだな」
紫紺は興味を引かれたのか、父様が魔石を嵌めた祭壇をフンフンと嗅いでいる。
白銀は嫌そーな顔つきで床を前足でチョンチョンと突いてみている。
「じゃあ、魔力を流すぞ。みんな中央に寄っていろよ」
父様のかけ声にぼくと兄様はナディアお祖母様にぴとっとくっついた。
ナディアお祖母様が「か……かわいい。かわいいは正義」とかブツブツ呟いていたけど、ぼくは床に描かれ始めた魔法陣に夢中だった。
なに、これ!すごいすごいよ!
光で描かれる魔法陣は、幾重にも重なる真円の中に見たこともない文字が書かれていて、所々絵文字みたいな文字も混じっている。
「わあああっ」
魔法陣を描く光の線が縦横無尽に教会の床を走るが、もうすぐで魔法陣の外縁の縁を描き終わるところでピタッと止まる。
「んゆ?」
「あらやだ。この魔石じゃ魔力が足りないじゃない。しょうがないわねぇ」
紫紺が、祭壇の魔石を見つめながら文句を言っているみたいだけど、ぼくたちはそれどころじゃなかった。
光の線が途絶えたと思った途端、床がグラグラと大きく揺れ出したのだ!
ええーっ、地震?
グラグラと揺れが激しくて、僕を支えていた兄様がぼくを抱えたまま膝を付く。
「レン!僕に捕まっていて!」
「あい!」
アドルフとレイフがアリスターを真ん中にしてしゃがみ込むのが見えた。
アルバート様たちは、リリとメグをしゃがませて周りを警戒している。
「ヒュー!レン!」
父様とナディアお祖母様がぼくたちの体へと覆い被さってきた。
揺れはいつまでも続くようにも感じて、怖くてぼくは目を閉じてしまったんだ。