馬車の旅 2
転移門が設置されている場所はお城の他に三ヵ所あるらしいよ。
ブリリアント王国には王家とそれを支える三公爵家があって、ブルーベル辺境伯はその次に偉いんだって、すごいね!
その三公爵家の領地に転移門は設置されています。
辺境伯の領地にも転移門を……て議題に上ったこともあるけど、ずっーと前の辺境伯様が断ったと伝えられている。
「だって危ないだろう?辺境伯が負けたらその転移門を使って敵国や強い魔獣がお城に移動できちゃうんだぞ?」
そうだけど、辺境伯の領地から王都は遠いよ?
ハーバード様は、滅多なことでは転移門を使わないとか。
「あいつは変なところで頑固だからなー」
父様がシシシと意地悪そうな顔で笑うと、バシンとナディアお祖母様に軽く持っていた扇で額を叩かれた。
「ハーバードは三公爵家にいらぬ借りを作りたくないだけですよ」
兄様が教えてくれたんだけど、三公爵家が王様に反抗したときに諫められるのは辺境伯だけ。
「だからハーバード叔父様は、ご自分の立場を弁えて必要以上に公爵家とは付き合わないようにしているんだよ」
「はわわわわ。りっぱなのー」
ただの無表情なおじさんじゃなかったんだ!
ハーバード様を「すごい!すごい!」って褒めてたら、父様が拗ねちゃったけど、父様はカッコいいんだよ?
「これから行くのは、ホワイトバード公爵家です。代々王家の侍医を勤めている家門で、医療医術、治癒魔法に長けた者が多いわね」
「おいしゃさん」
光魔法やその上位魔法の聖魔法を使える人は、治癒魔法が得意でだいたい教会へと引き取られる。
治癒魔法は教会で受けるのが市民の間では常識で、貴族になるとお抱えの治癒魔法士、お医者さんがいる。
母様の出産のときに、ブルーベル辺境伯のお医者さんが来てくれたもんね。
「レン。残念だけどな、医者だからといって人徳者ではない。嫌な奴もいる。いや、嫌な奴のほうが多い」
ズーンと暗い顔して言い切る父様だけど、何かお医者さんに悪いイメージでもあるの?
「まったく!余計なことをレンに教えるんじゃありませんよ。確かにホワイトバードの者の中には鼻持ちならないおバカさんがいますけど、当主はまともな方ですから」
……ナディアお祖母様の言葉にもトゲがあるような?
ぼくが、あれれ?と首を捻っていると、隣に座っている兄様が上ずった声でぼくを誘う。
「あー、あーそろそろ草原地帯じゃないかな?レン、お馬さんに乗ろうか?」
「うん?うん!のりたい!」
ぼくと兄様のやりとりに、床で伏せていた子犬子猫サイズの白銀と紫紺が片目を開けて耳をピルルと動かした。
はい、とアリスターから渡された手綱をギュッと握る兄様の顔がワクワクと輝いている。
アリスターは背中にディディを背負った状態で馬を走らせていたのには驚いたけど、意外とディディは気持ちよかったのかな?目を細めてニンマリしていた。
兄様が、体格のいいアドルフが乗っている大柄な馬に騎乗するのには無理があるので、小柄な馬に乗っていたアリスターと交代する。
アリスターはさすがに馬車に乗って移動するわけにはいかないので、馭者席へ。
なにやらアリスターはアドルフとレイフたちに、「馭者のじいさんにゆっくり走らせるように言っとけ」と頼まれていたけど、それには、ぼくも賛成。
ぼくは以前もお馬さんに乗せてもらったことはあるけど、兄様は誰かを乗せるのは初めてでしょ?
二人乗りに慣れるまで、ゆっくりスピードでお願いします。
白銀と紫紺も少し体を大きく戻して、並走してくれるからますます楽しみです!
ヒラリと兄様が鐙に足を乗せてお馬さんに跨る。
はわわっ!カッコいい兄様!
ぼくも、ぼくも、とその場でピョコンピョコンと飛び跳ねたけど、全然届かないよーっ!
「ほらっ」
アドルフが、ぼくをひょいと抱えて兄様の前にポスンと座らせてくれる。
「ありあとー」
「危ないからレンは鞍のここを掴んでいてね」
「あい」
死んでも離しません!
兄様に後ろから抱っこされるように包まれて、ゆっくりと進みます。
パッカラパッカラ。
「慣れるまでは歩きだよ」
「あい」
以前も乗ったことがあるにも関わらず、ぼくの体はカチンコチンに固まってしまって、視線も真っ直ぐに向けたままです。
「クスクス。大丈夫だよ、レン。ほら、僕に寄っかかっていいよ」
グイッと体を後ろに倒されて仰ぎ見ると兄様がニッコリ笑ってぼくを見ていた。
兄様の顔が見れて、ちょっと安心したかな?
そのあとは少しずつスピードを上げてパッカラパッカラ。
それでも馬車のスピードとしては、めちゃくちゃゆっくりだったけど、とっても楽しかったです。
「よかったな、レン。リリさんとメグさんにそのズボン作ってもらって。馬に乗るとお尻が痛くなるからな。あはははは」
レイフから投げられた言葉に、ぼくの頭の中には?がいっぱい。
「んゆ?」
そうなの?でも前回も前々回もお馬さんに乗せてもらったけど痛くなかったよ?
むしろ、馬車に乗っててお尻が痛かったんだもん。
「そりゃ、紫紺が風魔法でレンの体を浮かしてたからじゃねぇの?」
「バカッ!言わなくてもいいのよ」
ゲシッと紫紺の猫パンチが白銀のお尻にヒットする。
「イダッ」
悶絶している白銀をその場に残して、無情にも馬車とぼくたちは前に進む。
どうやら、ぼくの以前の乗馬経験は紫紺の風魔法で宙に浮いていたらしく、今回の兄様との乗馬が初体験だったみたいです。
「気を付けないと足の内股も痛くなるんだよ?」
兄様の言葉で、将来ぼくはお馬さんに一人で乗るのが不安になりました。
……ずっと兄様に乗せてもらうのはダメなのかな?