神様の日記帳~八咫烏のお願い~
日本でのお勤めをようやく終え、自分の箱庭でゆっくりとお茶をしていた僕は、思いがけない方向からの攻撃に文字通り飛び上がって驚いた。
「イダダダダッ!え?なに?なになに?痛いんだけどおおおぉぉぉ?」
突かれた後頭部を押さえて涙目で振り向くと、そこにはレン君見守り隊の同士、八咫烏がいた。
え?君……どこから来たの?もしかして、日本から来たの?
「どういうこと、狐?」
闖入者を許したすまし顔の僕の神使の狐たちに聞くけど、ツーンと無視された。
しょうがないなぁ、と八咫烏と向き合うと、彼はびゃあっと泣き出す。
「ふんふん。えーっ、そんなことが?」
泣く八咫烏に無理やり水鏡まで連れて来られる間に事情を訊くと、原因は神獣フェンリルの白銀の仕業だった。
「わー、本当だ。アンジェリカが産気づいているね」
水鏡を覗くと、この世界でのレン君の母親であるアンジェリカが真っ赤な顔でいきんでいた。
「でも大丈夫だよ。ちょっと時間はかかるけど、無事に元気な子が産まれくるよ」
にっこりと安心するように神様スマイルで太鼓判を押した僕の顎に、八咫烏のアッパーが決まる。
「イダーッ!」
ひ、ひどい!僕……神様だよ?
「え?今すぐ安産で出産させろ?できるけど……あんまり下界に干渉するのは……、痛っ!」
八咫烏の申し出を断ろうとした僕の額にパッコーンと固い何かが投げられてヒットする。
「痛い痛い痛い。ってなにこれ?」
額に当たったのは木札で、八咫烏のもともとの主の神様の名前が記されていて、木札の裏を見ると「許」の字が書かれていた。
いや、ここは僕の箱庭だから、彼は友達だけど僕より上位神だけど……関係ないよね?
そう告げようとした僕に八咫烏の必死の形相と白銀の脅しの内容を聞いて、考えを改めた。
うん、僕の箱庭だもん。
僕の好きにしてもいいよね!創造神なんだし。
べ、別に白銀の脅しが怖い訳ではないよ?
僕は水鏡に映ったアンジェリカのお腹に向かってチョイチョイと慎重に神気を流す。
「何やってんですか!」
バコンと後ろ頭を狐に叩かれた。
そこ……八咫烏が突いた所です……。
「神気を与えすぎですよっ!」
狐に怒られて慌てて水鏡を覗くけど、ちょうどスポンと赤ちゃんが産まれて産声を上げたところだった。
うん……ちょっと魔法のスキルが増えたけど……母子共に元気だからいいよねーと八咫烏と頷きあって、後は見ないふりをした。
彼も満足そうにレン君の観察に戻ったし、僕は正座で狐に怒られているけどね!
夜。
僕は日本にある自分の社で眠っている。
だって僕はベッドでなくて布団派なのだ。
スヤスヤと寝ていたのに、突然僕の額を高速で突く何者が侵入していた。
「イタイタタタタタタッ!」
ぎゃあ!とたちまちに夢から覚醒して上半身を起こすと、そこにはなぜか翼の羽がボロボロでちょっとハゲができてて、体のあちこちからじんわりと出血している、満身創痍な八咫烏の姿が。
「え?なに?どうしたの、君?」
状況がわからない僕を置いて、八咫烏は僕の神使の狸たちに命じて僕を箱庭に繋がる扉へと放り投げた。
ええーっ!なにがどうなってんの?
向こう側にいる狐の神使が僕を抱きとめてくれることもなく、顔からベシャッと着地する。
こっちの世界に来た途端に着ている服から髪や眼の色、顔立ちすらも変わる。
痛い痛い顔が痛いと両手で顔を押さえてゴロゴロとのたうち回っているのに、無理やり襟ぐりを掴まれて水鏡へと顔を突っ込んだ。
「ぷはわっ。なんで?狐!いつもより扱いが酷いよ」
僕の訴えは冷たい視線一つで無視された。
あー……狐も狸も安眠を妨害されてご機嫌斜めなんですね。
昼間といい今といい、僕に理不尽な攻撃をした八咫烏はベシッベシッと水鏡を叩く。
僕が覗くとそこにはブルーベル辺境伯夫人が産気づいてベッドに寝かされているのが映し出された。
「ああ……彼女は予定より出産が早いね。うん?ああ……これはダメだな。まず母親は助からないし、子供も怪しいな」
こっちの世界は魔法がある世界で、魔力が存在している。
たまに母親と子供の魔力バランスが悪くて、出産のときにどちらか、又は両方が亡くなってしまうことがある。
「この場合は母親の魔力に比べて子供の魔力が少なすぎる。うーん、母体に呪いの残滓があるなぁ……このせいで子供の魔力炉が上手に生育できなかったんだろう」
かわいそうだが、仕方ない。
そう続けた僕に向かって八咫烏はその足で顔を蹴り上げてきた。
「げふっ!」
「クエーッ!」
ついでにパコンと額に衝撃が。
「なんだよー、痛いなぁ。ん?またこの許可証?だから、この世界は僕の世界だから……」
うん?八咫烏の顔がもの凄いことになっているんだけど、君は本当に烏なの?
詳しい事情を訊くと、今度は聖獣レオノワール、紫紺からの脅しらしい。
「いや、さすがに二回も下界に干渉するのは……」
珍しく僕が神としての決まりを守ろうとしたとき、ガシッと肩を強く掴まれた狐の神使に。
「へ?」
「やりなさい。この神界がどうなってもいいのですか?」
「……はい」
やったよ。
水鏡に向かって、今度こそ慎重に神気を流したよっ!
「だから、なんでそんなに神気を注ぐのですかっ!」
ひーん、また怒られた。
スポンと生まれた赤子には、ちょっと珍しいスキルが生えることだろう。
……ねぇ?もう僕も眠っていいですか?