帰ってきたブルーベル辺境伯領 7
誤字脱字報告ありがとうございます!
いつも、ありがとうございます。
母様の部屋の前にセバスがソファーを用意してくれて、ぼくと兄様は静かに座っている。
白銀と紫紺は足元で伏せて、床に尻尾をパタンバタンとリズムよく叩いている。
チルも朝のパトロールと名前の遊びから戻ってきて、真紅と籠ベッドの取り合いをしてます。
「……とうたま?」
父様は母様の部屋への入室をナディアお祖母様にニッコリと断られて、部屋の前をウロウロと忙しなく歩いているんだよ。
あれだね!前世のドラマとかでよく見たシチュエーションだけど、本当に奥さんの出産のときにウロウロと落ち着かなくなるんだなぁ。
時々、セバスにパコーンと叩かれてソファーに座って兄様やぼくを抱きしめるんだけど、その手がちょっぴり震えているんだ。
そして、また立ち上がってウロウロが始まる。
「レン。父様のことは放っておこう。僕が産まれるとき母様は難産だったって聞いたから、心配でしょうがないんだよ」
「……あい」
そうだよね。
この世界では治癒魔法とかがあるから、医療はあんまり発達していないみたい。
ちょっとした怪我や軽度の病気の知識はあるけど、重度の場合はほとんど治癒魔法に頼りきりになってしまうとか。
前世の医療が発達していた時代でも出産のリスクはあったと思うから、この世界ではもっとリスクは高いと思う。
でも、父様はブルーベル辺境伯様からお医者様を派遣してもらっている。
治癒魔法が使えるお医者様と出産子育ての経験者でもあるマーサとナディアお祖母様とシェリーお祖母様が付いている。
たぶん……大丈夫だよね?
父様の不安が移ったのか、ぼくの胸がドキドキしてきた。
両手を組んで目を瞑って、シエル様にお祈りだ!
シエル様、我儘言います!母様とお腹の赤ちゃんを助けてください!
どうか、無事に産まれてきますように。
ぼくがお祈りしている間に、ぼくの足元から白銀が姿を消していたんだけど、気が付かなかった。
そうして、夜ご飯を食べる時間が過ぎる頃、母様の部屋から「オギャア……」と赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたんだ!
「にいたま!」
「うん、レン。産まれたみたいだね」
ぼくと兄様はお互いをギュッと抱きしめて微笑み合う。
父様?父様はセバスにジャンプして抱き着いて、セバスにベシッと叩かかれて床に足蹴にされていたよ?
「クエエエエエエエッ!」
殺されるっ!と黒いつぶら瞳に涙をいっぱいに溜めて小さな頭を左右に振るが、背中を太い足で踏まれて身動きができない。
「グルルルルルッ」
ひいーっ!食われる!と思ったのかわからないが、その者はピタッと動きを止めたつもりでいたのに、本能からくる恐怖からブルブルと震えていた。
「いいか!あの方にちゃんと伝えろよ!レンがアンジェとガキを助けたがっているんだから、スポンと産まれるようにしろって!」
「クエッ?」
それは、あの神の愛し子の観察記録係である者の仕事なのだろうか?
しかも人の子の生き死になど、関係ないのでは?こっちの箱庭の神使ではないのだし?
そこへ、グイッと狼の前足に力が入った。
「おい、返事は?いいか、アンジェに何かがあってレンが泣いてみろ。神獣フェンリルと聖獣レオノワール、聖獣リヴァイアサンが神界に殴り込みにいき、めちゃくちゃに暴れてやる!」
「クエェェェ?」
いや、こちらの世界がどうなろうと関係ないけど?黒い小さな頭を捻って黒い翼をバサバサと動かしてみる。
「そのときは……お前も焼き鳥だ!覚悟しておけよ」
狼はわざわざ八咫烏の首元に顔を寄せて、その鋭い牙を項にチクチクと当てる。
「クエエエエエッ!」
ボタボタと涙を地面に零しながら必死に頭を上下に動かすと、狼……白銀は満足したように烏から足をどけた。
「じゃあ、行け!さあ、行け!とっとと行け!」
白銀に急かされて、少々理不尽な気持ちを抱えながら八咫烏はバサッと飛んだ。
とにかく早くその場を去りたかった。
しかし、神使たるもの、たとえ他神の趣味の箱庭のことでも約束は違えない。
まずは、神界へと飛び立っていった。
ふんすっとやり切った感満載な白銀を残して。
父様が、壁に背を預けて座り込んでシクシクと泣いている。
赤ちゃんの産声が聞こえてすぐになぜかセバスに一撃もらった父様は、ノックもせずに扉を開けて中に入ろうとした。
ぼくが見たのは、扉の向こうから大量の水が父様に被せられて、ブワッと強い風が父様の体を吹っ飛ばして、ドンッと壁にぶつかって、それを冷ややかな眼で確認したナディアお祖母様が静かに部屋の扉を閉めたところだった。
さ、さすが元闘う辺境伯夫人!
「しゅごい!」
興奮するぼくの背中を撫でながら兄様がため息を吐いていたけどね。
しばらくすると、マーサが扉を開けてぼくたちも入っていいって言われた。
「わあああっ!」
父様はオドオドとした手つきで白い布に包まれた赤ちゃんを抱っこ。
父様を囲むようにぼくと兄様で赤ちゃんを凝視する。
産まれたのは、かわいい母様に似た女の子だった。
「ううっ……。ア……アンジェーッ……あ、ありがとう。とっても……っぇぐ、むすめ……かわいいよぅぅぅ」
父様……兄様に似たかっこいい顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃです。
父様の普段の姿とはかけ離れた状態にぼくは引き気味だったけど、母様はちょっと疲れた顔をしながらも嬉しそうに笑っている。
兄様が母様に向かってペコリとお辞儀をした。
「ヒュー?」
「母様。ぼくとレンにかわいい妹をありがとうございます。ぼくとレンで妹をちゃんと守っていきますね!」
「あいっ!ぼくも、まもりゅ」
「ヒュー。レンちゃん、ありがとう」
母様も疲れているからと、すぐにぼくたちは部屋を出されて遅い夜ご飯を食べて、自分の部屋に戻りました。
でも、興奮して眠れないだろうからって、リリとメグからホットミルクを飲ましてもらって、お風呂もゆっくりと入って、兄様と一緒にベッドへ。
「赤ちゃんは夜に泣くこともあるから、レンには辛いかも……」
兄様の眉がしょんぼりと八の字を書いてます。
「だいじょーぶ」
ぼくは夜に起きている生活をしていたからね!夜に起こされても大丈夫です。
「アタシが防音の魔法をかけるから大丈夫よ。ヒューもレンも子供なんだからたっぷりと寝なさいな」
「そうだぞ。真紅なんかずっと寝ているぞ」
真紅は小鳥の姿になったけど子供じゃないんでしょ?
でも安眠は守られそうですね。
「おやすみなさい」
兄様の抱っこでそのまま目を閉じました。
でもね、夜中に起きちゃったの……。
それは、赤ちゃんの夜泣きじゃなくて、とっても大変なことが起きていたから。
「にいたま」
「大丈夫だよ。きっと神様がレイラ様も赤ちゃんも守ってくださる」
兄様にギュッと抱きしめられたまま、ぼくは再びシエル様にお祈りするのだ。
シエルさま、お願いします。
レイラ様と赤ちゃんをお守りください。
夜中、お屋敷が大騒ぎになったのは一ヶ月早く産気づいたレイラ様の状態が芳しくないとの連絡が来て、急遽ナディアお祖母様が辺境伯邸へと向かったからだった。
兄様と二人、お祈りするぼくに寄り添うように白銀がいて、チルとチロは眠い目をショボショボさせながらぼくたちの頭の上に乗っている。
紫紺の姿だけが、夜の闇の中にいつのまにか紛れていった。