帰ってきたブルーベル辺境伯領 2
朝日がカーテンの隙間から注がれて、ぼくは眠い目を擦りながら大きく欠伸をして、うんしょとベッドから起き上がる。
「おあよー、しろがね、しこん……しんく」
うん、一人増えたからね、忘れずにご挨拶します。
「ふふふ。おはよう、レン」
「おあよーごじゃいましゅ、にいたま」
ううーん、寝起きだから舌が縺れちゃうよ……。
パンパンと軽く両手で両頬を叩いて強制的に目を覚まそうとしたら、リリとメグに止められました。
頬が赤くなっちゃいますよ!って。
兄様はクスクスとぼくの様子を笑いながら見ていても、素早くお着替えも済んで朝の身支度終了してます。
さすが、兄様!
ぼくもリリとメグにお顔を蒸しタオルで拭いてもらって、髪の毛を梳かしてもらって、お着替えして……。
白銀と紫紺にもちょっとだけブラッシングして、真紅はプイッと顔を背けて飛んで行っちゃった。
「飛ぶ?あれはバサバサ羽を動かして浮かんでいるだけだろう?」
「しぃっ!本当のこと言わないの!あれでも真紅にとっては精一杯飛んでいるのよ。動いてないけど」
<お前ら!聞こえてんだからなっ!>
むきっー!といつものごとく真紅が怒っているけど、食堂に行こーうっと。
今日は兄様の剣のお稽古はお休みで、朝はのんびりなんだぁ。
真紅、一緒に来ないと朝ご飯食べそこなっちゃうよ?
真紅はパタパタという羽音じゃなくて、バサバサ、ドサッという音と共に白銀の背中に無事に着地しました。
今日の朝ご飯は何かな?
「レンの好物ばかり作るって料理長が言ってたよ?楽しみだね」
「はわわわわっ。ぼく、ぜんぶたべる!」
ぼく、いっぱいご飯食べれるようになったんだよ?
兄様はぼくの頭を優しく撫でてくれた。
「うん。いっぱい食べて大きくなろうね」
そうだね!
ぼく、もうすぐお兄ちゃんになるんだもん!
……と、お兄ちゃんになる気合いたっぷりのぼくでしたが、もう不安でいっぱいです。
涙目です。
だって、兄様をお手本にいいお兄ちゃんになるつもりだったのに、ぼくにとって「いい兄様」の双璧の一つが壊れるなんて思わなかったんだよ?
「ど……どうしたアリスター?旅の疲れが取れなかったのか?」
兄様も朝からどよよよーんな背景を背負っているアリスターに慄いてます。
「ちがう。昨日、宿舎に戻ってからキャロルが……」
キャロルちゃんは、アリスターの妹で狼獣人の女の子だ。
ブルーベル騎士団の寮にアリスターと一緒に住んでいて、アリスターが騎士団でお仕事中は、ぼくたちのお屋敷でメイド見習いをしているんだ。
とっても可愛くて元気な女の子なんだけど……。
疲れて死相が出ているアリスターの足元で、丸々としたトカゲ、じゃなかった、火の中級精霊のディディまで首をがっくりと落として落ち込んでいる。
「あー、どうせアレだろう?女は爬虫類が苦手な奴が多いからなー」
カシカシと後ろ足で首を掻きながら白銀。
「そう?可愛いじゃないディディ。目が真ん丸ルビーのようだし、赤い鱗も綺麗よ?」
紫紺の美的センスとしては合格なディディは、こちらに顔を向けてポロポロと涙を零し始めた。
「「ああー」」
そっか……嫌われちゃったか……。
「いや、キャロルはトカゲは大丈夫だ。むしろ出会いがしらで魔獣と間違えて剣を持って追いかけ回した……半刻(約一時間)ぐらい」
「「「「えっ!」」」」
「すまん、ヒュー。寮の部屋の備品が少し壊れた。弁償するから給料から引いてくれ」
アリスターはペコリと兄様に向かって九十度に腰を折り曲げる。
「いや、それはいいけど……。キャロルが爬虫類が平気なら、何がそんなに……ダメなのかな?」
兄様がコテンと首を傾げるので、ぼくもコテンと首を傾げてみせる。
「それが……。キャロルとディディじゃ……意志の疎通が……」
つまり、まだ魔法を上手に使えないキャロルちゃんと、人と契約するのが初めてなディディでは意志の疎通、「念話」が上手に通じないと……。
「それで、キャロルが意地になって、一晩中練習に付き合わされた」
ああ……ブルーフレイムの街から帰ってきて、疲れを癒す前に徹夜でキャロルちゃんに付き合っていたんだね。
やっぱり、アリスターはいいお兄ちゃんだね!
「それで……困ったことに……。キャロルが自分と話せるようになるまで、俺以外と会話禁止って言い出して」
「は?ディディと会話できないのか?」
「いや、俺だけは許されたが。そのぅ……レンとか……白銀様たちとか……」
アリスターが申し訳なさそうにぼくと白銀と紫紺を見る。
ガアァァァァン!
ぼく、ディディとお話できないの?
「俺はかまわないぜ」
「アタシも別にいいわよ。好きにしなさい」
「ええーっ!」
そうなの?そうなの?ぼくだけなの?ディディとお話できないのが寂しいのは?
「レン、チルとチロに通訳を頼めばいいじゃないか。妖精精霊が使う言葉は禁止じゃないんだろう?」
ニッコリと兄様が奇策を教えてくれたけど……それってセーフ?
ディディは兄様の言葉にうんうんと顔を激しく上下に動かしているから、いいんだろう。
「ところで、キャロルとディディが念話できるようになるには、どれぐらいかかるんだ?」
「……わからん」
その後、兄様がセバスに頼んでキャロルちゃんには魔法の先生を用意してくれることになりました!