帰ってきたブルーベル辺境伯領 1
みんなー!ぼく、帰ってきたよー!
ぶんぶんと右手を振って、ブループールの街で待っていてくれた父様と母様に走り寄れば……あれ?
ばふん、と父様の胸にダイブさせられて……あれ?
「……かあたま?」
優しいニコニコ笑顔の母様が、出掛ける前と違うような?
「おなか……おおきい?」
父様に安定抱っこされて、コテンと首を傾げながら母様のゆったりとしたワンピースでもわかる膨れたお腹を、まじまじと見つめる。
「ふふふ。そうよ。もうすぐヒューとレンちゃんの弟か妹が産まれるの。仲良くしてあげてね、お・兄・ちゃ・ん」
ぼくのぷくぷくとした頬っぺたをツンツンと人差し指で楽しそうに突きながら、母様は教えてくれた。
いわゆる安定期を過ぎるまでは何があるかわからないから、ぼくと兄様には妊娠したことを内緒にしてたんだって。
こちらの世界は、前世よりもさらに出産のリスクが高く、妊娠初期から安定期までに流産死産してしまうことも多い、出産時には母体の危険も高いし、無事に出産を終えても母親が亡くなるケースや乳幼児の死亡率の高さなど問題が多いらしい。
ここらへんの情報は、マーサが兄様にお話ししているのを聞いたんだけどね。
だから、父様たちはぼくたちががっかりしないように、安定期に入るまでは内緒にしようと決めたんだけど、ぼくたちはブルーフレイムの街へ行くことになったから、結局ぼくたちはかなりお腹が大きくなった母様の姿で嬉しいニュースを知ることになった。
白銀と紫紺は気づいていたみたいだったけど。
「わかるわよ。アンジェから二人分の魔力があれば」
「そうだな。腹に子供がいるのはわかったが・・・セバスが黙っていろと脅し・・・いや、なんでもない」
なんか、白銀がセバスの笑顔を見てブルブルと震えだしたけど、どうしたの?
ぼくは、白銀の背中をなでなでと撫でてあげた。
そんな騒がしい帰りの挨拶を終えて、セバスの「そろそろお屋敷の中へ」との誘いにぞろぞろと懐かしいお屋敷の中へと。
あ、真紅とディディの紹介は……後でもいいか。
ご機嫌でぼくを抱っこしていた父様は何故かぼくをセバスに預けて、アルバート様へと。
「とうたま?」
「ご兄弟で大事なお話があるんですよ。さあ、美味しいお茶菓子を料理長が用意しているそうですよ。楽しみですね」
「うん!」
兄様もニコニコして、母様をエスコートしているし。
ブルーフレイムの街であったことをお話しできるのが、とっても楽しみだなー!
「ギ……ギル兄……さん」
え、えへへへと誤魔化し笑いする愚弟の頬をびよーんと強く摘まむ。
「いへぇ……いへぇへぇぇぇ」
情けない声を上げるが、そのまま摘まんだ頬を斜め上に持ち上げる。
「!!」
涙目になっている我が弟の顔をギロリと睨みつける。
「なんで俺が怒っているのか……わかっているな?」
「………………」
頷きたいのだろうが、俺が頬をぐむむむと摘まみ上げているのでできないのだろう。
俺はギュッと指に力を入れたあと、バッと勢いよく手を離す。
「だあああぁぁっ!イタタタタ」
アルバートはその場に倒れて、右に左にとゴロゴロのたうち回った。
「……大げさな」
「っ!痛いよギル兄!自分の力を考えてよ!一発殴られたほうがまだいいよ」
アルバートは起き上がると胡坐をかき、摘ままれていた両頬に両手を当てて文句を言ってきた。
なにおぅ?
「じゃあ、殴ってやる」
「いやいやいやいや、やめて!」
ブンブンと頭を激しく振り、両手を突き出して俺が近づくのを阻もうとする。
「まったく、ブルーベル家の一大事にも戻らず、ヒューの補佐を命じればサボるし、しかもレンに対して大人げなく虐めたとか?お前、一回死んでおくか?」
俺がチャッキと剣の柄に手をかけるとアルバートは尻で後退り、リンとアルバートの冒険者仲間は「ひいぃぃぃっ」と悲鳴を上げる。
「……冗談だ。しかし……ハーバードも怒っていたからな。覚悟しておけよ」
「そ……そんなぁぁぁ」
アルバートががっくりと肩を落とす。
「ちなみにセバスからティアゴにも報告はいってるからな、リンも覚悟しておけ」
俺はヒューに付き添ってブルーフレイムの街へ同行していたクライヴとレイフを労い数日の休暇を命じると、アドルフにアルバートたちをブルーベル辺境伯屋敷に連れて行くように頼む。
一緒にブルーフレイムの代官エドガーも連れて行ってもらう。
彼は馬車から降りてこなかった。
俺もここで彼と会うよりは、辺境伯でもあるハーバードと一緒に会ったほうがいいだろう。
そこには、ハーバードの側近となった、彼の弟ローレンスもいるしな。
ガラガラと音を立てて馬車が二台、ブルーベル辺境騎士団の敷地を出て丘を登り辺境伯屋敷へと向かって行く。
「はあああぁぁぁぁっ」
「……無事にヒューバート様とレン様が帰られて安心されましたか?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを顔に浮かべてバーニーが声をかけてくる。
「ああ。あっちでもいろいろとやったみたいだが……。とりあえず無事に戻ってきてよかったよ」
腹心でもあるバーニーの前で、ほんの少し本心を漏らす。
「ああ。なんか赤い綺麗な小鳥と、アリスターが真っ赤な太ったトカゲを抱いてましたね」
「……そうだな……」
それはな……神獣フェニックスと火の中級精霊でアリスターと契約したらしいぞ……とは言えない俺だった。





