神様の日記帳~番外編~
白い空間へと飛ぶ。
レンは、今頃スヤスヤと夢の中にいるだろう。
俺と紫紺は、念話で瑠璃と示し合わせてここ神界で落ち合うことにした。
もちろん、新しくレンの近くにうろつくことになった、神獣フェニックスのことだ。
あいつは「真紅」なんて大層な名前をレンに付けてもらったくせに、ツーンツーンとそっぽを向いてレンの優しさを無碍にしてやがる。
だったら火山の中で永遠に眠ってりゃいいのに、なんで俺たちと一緒にいるんだよっ。
そこんとこを問い詰めて、丁度いいからシエル様に下げ渡してやる……と企んでいる。
奴は何も知らないで今は、俺の口にパクリと咥えられているけどな。
神界へと次元を渡ると、シエル様の神使たちがあちこちと忙しなく動きながら働いていた。
狐の耳と尻尾がわさわさと揺れている。
俺たちの姿に気づいた一人が、予め用意していた茶席へと案内してくれた。
ここへの連絡は、例の覗き見鴉に申し付けていたからな。
今はあちらの世界に仕事があるらしく、シエル様は嫌々ながらもあちらでお勤めをしているとのこと。
頑張ってください……本当に、真面目に仕事してください。
案内された部屋には、既に人化した瑠璃が優雅な仕草で茶を飲んでいた。
俺は瑠璃のいるテーブルへと口に咥えていたデブ小鳥をポーンと放ってやる。
ポーン、ベシャッ。
<いたい>
テーブルに着地しそこなった赤い毛玉はもぞもぞと動き、小さな翼で打った顔を撫でている。
「あら、遅くなったかしら」
隣を歩いていた紫紺が滑らかな動作で人化した。
こいつは、毎回、毎回人化する度に新しい衣装で髪型でアクセサリーで……、着飾って何がしたいんだ?
レンが「きれいねー」と褒める黒髪はコーンロウと呼ばれる複雑な編み込みがされ、身に纏う衣装はどこかの民族衣装なのかズルズルと長い。
薄い紫の紗の上着は膝ぐらい迄の長さで白い幅広なパンツは踝をしっかりと隠し、その衣装のあちこちに色鮮やかな組み紐があしらわれている。
……俺はいつもの白いシャツに黒いズボンでブーツ、腰には愛刀の長剣を佩いているだけだ。
「いや、儂も今きたところだ」
「ちょっと瑠璃。その恰好で儂とか言わないで。イメージが狂うわ」
「なんでもいいだろうが?」
「そうか、では私と。ところでレンはどうしている?例の温泉は作れたのか?」
温泉……ああ、でかい風呂な。
作ったよ、三日で。
俺と紫紺、バカなフェニックス、そして火の精霊王と精霊、妖精たち、水の妖精のちびっこどもと協力してな。
貴族用の建物はレンガ造りの建物がいいだろうと、フェニックスの火魔法で粘土質の土を固めて焼きまくってやったわ。
あいつ、あの激務で力の復活がしばらく遅れんじゃねぇの?ざまぁ。
「ぴい、ぴいぴい。ぴぃ」
嘴でチョンチョンとティーカップに注がれた紅茶を啄みながら、俺様に文句を言っているな。
ぺしん。
<なに、すんだ!痛いだろうがっ!>
バッと翼で叩かれた頭を押さえて、叩いた犯人の瑠璃に抗議する。
「行儀が悪いぞ。人化すれば手を使って飲食できるだろう?それとも、人化すらできぬほどに弱ったか?」
<バッ、バカにすんなっ!人化ぐらいできらぁー。俺様は神獣フェニックス様なんだぞー!お前なんか聖獣のくせにっ>
ボワン。
「「「……………………えっ?」」」
人化したフェニックス……レンが付けた名前は「真紅」の人化した姿は以前の姿とは……全然違っていた。
「アンタ、なに?その姿は……」
プルプル震える指で真紅を指差す紫紺。
俺も目を真ん丸に見開いて、うんうんと頷く。
真紅の姿は、ちんまい小鳥姿を投影したかのような……子供の姿だった。
ヒューよりやや小さいぐらいの背丈に、真っ赤な髪の毛が短髪で後ろの一房だけが長く、まるで尾羽を模したようなスタイル。
緑色の瞳は変わらないが、レンと同じくクリクリの大きな眼で眦がやや吊り上がっている。
薄い唇は不満げにへの字に曲げられていて、大きな頭に細い手足はまさしく子供だ。
褐色の肌も心なしか以前より薄い色合いのような……、え?お前どうしたの?
「子供じゃな」
「子供よね?」
「ガキだな」
<しょうがないだろーっ!神気が不足してんだから。文句言うならお前たちの神気を俺様に寄こせーっ!>
「「「いや」」」
その要求には頭を振って拒否してやる。
「ま、このどうしようもなく弱々しい姿であれば、レンの側にいても、危害を加えることもできないのぅ」
ニンマリと笑う瑠璃。
お前、昔から神獣フェニックスといまいち気が合わないよな?
もしかして、レンの側にいられる真紅が妬ましくて虐めてやろうとか思ってないよな?
それは「ヤキモチ」って言うらしいぞ?
「ほんと。なんでこんな奴の面倒まで見てやらないといけないのよ。レンの側にこんな奴を置くのは嫌なんだけど」
「確かにな。大して役にも立たんし、レンへの態度は最悪だし」
「……ここに置いていけばいいのではないか?レンの側には、いつでも呼ばれれば私が侍るし」
……瑠璃、お前やっぱりレンの側にいたいんだな……。
<俺様だって……俺様だって、別にあのガキの側にいたい訳じゃ……そばにいたい……わけじゃ……>
いやいや、お前なんでそこで頬を赤く染めるの?
何、お前?実はレンの側にいたいとか、契約したいとか思ってんじゃねぇだろうな?
ざわっと怒気が迸った俺より早く、紫紺が真紅の頭をガシッと掴んでギリギリと絞めている。
しかも、長く伸ばして赤く染められた爪を立てて。
<痛い痛い痛ーいっ!>
「いい?レンに酷い態度や言ったりしたら、すぐに焼き鳥にしてやるからね!それと絶対に契約なんてさせないんだから!レンにはあたしたちだけでいいの!」
「そうだな。もう神獣と聖獣三体と契約しているし。これ以上はいいだろう」
「そうじゃな。私も海の中にいるだけでなく地上で活動できるよう、少しずつ馴らしているところじゃ」
いやいや爺さん。
お前、やっぱりレンの側に……。
<俺様、神獣なのに。どうして聖獣の奴等に命令されなきゃいけないんだ。うえっ……うええええぇぇん>
あ、また泣いた。
こいつ、こんなに泣き虫だったっけ?
俺はすっかり冷めた紅茶をグビッと飲んで、皿に盛られた菓子に手を付ける。
…………賑やかで楽しいな。
レンと出会ってから、楽しくてワクワクすることばかりだ。
そりゃ、面倒なこともあるけど……、俺はチラッと聖獣レオノワールと聖獣リヴァイアサンを盗み見る。
こいつらとこんなに親しく言葉を交わしたことがあっただろうか?
長い長い生の間、きっと一度も無かったはずだ。
全てはレンが齎した奇跡。
俺は緩む口元そのままに、紫紺と瑠璃に責められ大泣きする真紅の情けない姿を見つめていた。
あれ?
瑠璃、お前やっぱりレンの側に来るつもりか?
地上での活動って……そういうことだろ?
ここまでお読みくださってありがとうございます。
次の章まで、少しお休みします。
再開は、8月半ば頃を予定しております。
どうか、引き続きよろしくお願いします。





