温泉大作戦 8
誤字脱字報告ありがとうございます!
いつも、ありがとうございます。
ぼくが、アルバート様たちと温泉探しをした次の日の午後。
アルバート様とその冒険者パーティーのメンバーとぼくとで、お茶会をした。
お茶会というより、勉強会だったけど。
「ここまではわかったか?」
「あい!」
ビシッと右手を高々上げてお返事します。
ぼくの立場はとっても微妙。
王家からの信頼も厚い辺境伯一族に養子に迎えられたぼくは、その気になれば辺境伯の地位を簒奪できるほどの力がある……らしい。
ぼくがそう望まなくても、神獣聖獣を従えているぼくの存在を利用して、悪いことをしようとする人がいる。
一番怪しかったブルーベル家の分家はこの間粛清したからひとまず安心だけど、王都にはぼくを狙っている悪い貴族がうようよいるから気をつけること。
なんでもなく言い放った一言から、思いもかけずに権力争いに発展して、気が付いたら罪人として処されることもあるのが貴族社会だと。
……怖いなぁ……。
あとは、ぼくが成長して大人になったときに、兄様と辺境伯嫡男のユージーン様と確執があるようだったら、ブルーベル家を出た方がいいとのこと。
たぶん、大丈夫だと思うけど、アルバート様が言うには、好きな人と家督争いするのは辛いし悲しい。
だったら、権利を放棄してただの平民として付き合っていくほうが、お互いのためなんだそうだ。
ぼく……まだ三歳なんだけど、中身は違うけど、まだ三歳なんだけど……。
こんな難しい話を聞かされるのって、複雑です。
でもアルバート様がぼくのことを心配してくれているのはわかるので、コクリと頷いておきます。
アルバート様は、自分みたいに噂を鵜呑みにしてぼくに嫌悪の感情を持つ人がこれからもいるけれど、それはぼくが悪いわけでも、ぼくの責任でもないから気にするなって励ましてくれた。
実際、ぼくの知らない人たちがぼくの知らない所でいろいろ言っているだけで、本当のぼくのことなんて知ろうともしないのだから、そんな奴等の悪意に振り回されるなって。
確かに、全員に好かれるのは無理だよね?
ぼくは、ぼくの周りの人たち、ぼくを知ってくれる人たちに嫌われないように、正しく優しくいれればいいのかな?
そう言うと、アルバート様は目尻を優しく下げて、ぼくの頭を撫でてくれた。
そして、いよいよ神獣聖獣の話だ。
「ここからは、かなりキツイ話になるが、わからなくても最後まで黙って聞いてくれ」
「……あい」
昔々から始まる、悲しい物語。
神様に造られた八柱の神獣聖獣は、それぞれ守護する民たちと決められていた場所で過ごしていた。
唯一、守護する民を持たなかったのは、神々の山嶺と敬われている神域、高い岩山が連なる場所にいる「神獣エンシェントドラゴン」だけだ。
ある日、ある民が守護してくれる神獣聖獣に祈った。
「豊なる土地が欲しい」
全ての種族が豊穣な土地に住んでいたわけではなかった。
自然厳しい土地に住む種族がほとんどだった。
その祈りは時を経て、種族同士の争いへと発展していく。
豊かな土地、綺麗な水、穏やかな気候……。
守護する民が争いで傷つきその命を散らしていくことに耐えられない神獣聖獣たちは、次々にその争いに参加していき、やがて世界を血で染めていく。
戦いは決着が着かないまま、長い間続けられた。
神獣聖獣に守護されていない種族は、戦いに敗れ虐げられ苦しみの中、全滅していった。
神に力を分け与えられた神獣聖獣たちは、その姿にドス黒く忌まわしい靄を纏わらせ邪神となり変わっていく。
やがて、神獣聖獣たちは人の憎み嫉み恨みという負の力に抗うことができず、神力をすり減らし弱っていった。
一人、また一人と神力を取り戻す眠りについていく神獣聖獣たち。
その神の力を当てにして戦っていった民たちは、自分たちの最大戦力である神獣聖獣たちが眠りにつき戦いから外れていくと、たちまちに混沌に巻かれていく。
そのうち同士討ちまで始まり、最早何のために戦っているのか分からない状態にまで堕ちて、世界に生きている者が半数以上減ってしまったときに……ようやく神の慈悲が降り注ぐ。
「神様が流した涙と言われている大雨は半年以上も地上に降り続き、大地の形、海の深さを変えたとされているんだ。そして生き残った人たちは、お互い協力し合わなければ生き残れないほどに消耗していて、戦いがようやく終わった」
でも全滅した種族も多いんだって。
例えば、真紅、神獣フェニックスが守護していた南の火山地帯に生息していた「鬼人族」は、もともと戦闘種族だったことが災いしてもう誰も残っていない。
もし残っていても、「鬼人族」と魔物のオーガとの区別が付かないから、討伐されるだろうって。
実は、白銀、神獣フェンリルが守護していたのは、雪山に生息していた「人狼族」で、獣人と違って完全な獣体に変化できる種族だったみたい。
でも今は、誰も残っていない。
むしろ、獣人の中では完全なる獣体に変化できるのは、神様に逆らった邪神の遣いとして忌み嫌われるんだって。
……なんだか、かわいそう。
「まあ、神獣聖獣たちも目覚めてから人たちと関わらないし、守護を与えることもないから、こっちにいい感情は持ってないんだろうよ」
アルバート様はガシガシと頭を掻いて、不貞腐れたように呟く。
「俺たちも、何度か神獣聖獣たちが人に危害を加えただろう事件の調査に行って、そのヤバさは分かってたつもりだったんだけど……」
実際に神獣聖獣と会って、つい事件の被害者のことを思い出して、喧嘩を売るような真似をしてしまったらしい。
「特に神の湖と呼ばれている所で起きた事件じゃ、まだ若い女性の顔が爛れるつー、痛ましい事件でな……」
「あら?それは聖獣ユニコーンのこと?」
「あいつは、やることがキツイからなぁ」
ぼくの隣にはいつのまにか温泉建設の手伝いに行っていた、白銀と紫紺が戻ってきていた。
「しろがね!しこん!」
ちょっとの間離れていただけでも寂しかったので、ぎゅーっとふたりに抱き着くぼく。
「ユニコーンて……。知っているのか?聖女の事件を?」
「聖女がなんだが知らないけど、あいつが自分が守護していた乙女族の生き残りの名を騙り、聖女ヅラしている女に報いを受けさせているのは知っているわ」
「?」
紫紺の話では、聖獣ユニコーンは御伽噺の通り、清らかな乙女に恭順を示すらしい。
その昔、ユニコーンが守護していたのは「乙女族」。
治癒魔法が得意な種族で、「乙女」だけど男性もいたらしいよ。
戦いに参加するというより、今は「神の湖」と呼ばれている土地を巡っての争いに巻き込まれて数を減らしていった。
今でもその土地には、清らかな乙女、つまり聖女伝説が残っていて、聖女の生まれ代わりが誕生する土地なんだって。
「嘘だろ、そんなの」
「嘘ね。だいいち本当にあの子たちの生まれ代わりがいたら、呼ばれもしなくてもユニコーンが馳せ参じるわ」
結局、顔が爛れた女性たちは、「自分は聖女の生まれ代わりで聖獣ユニコーンが従う当代聖女!」と騙っていたので、激怒したユニコーンにご自慢のお顔が爛れる嫌がらせを受けたことが白銀たちの話で分かった。
「アンタたちが調査した事件の話を聞かせてみなさい。全部理由があるはずよ?」
アルバート様が話した事件の原因は神獣聖獣たちの神経を逆なですることを、被害者たちがしていたことが判明した。
結果……。
「「「「すんませんでしたーっ!」」」」
アルバート様たちは、白銀と紫紺に向かって再び土下座をするのだった。