温泉大作戦 7
ぼくたちは、再びハーヴェイの森に来ています。
森の中でも街に近い所で、ほぼ魔獣が出てこない安全かな?って場所だけど。
先頭をアリスターが歩いていて、その横をチョコチョコと短い足を動かして火の中級妖精ディディが、フンフンと地面の匂いを嗅ぎながら移動している。
今日のぼくたちは「温泉探検隊」なんだっ!
メンバーは温泉が湧いている所が分かるトカゲのディディと、その契約者のアリスター。
勿論、兄様とセバスと護衛の騎士さんたち。
アルバート様の冒険者パーティー。
ぼくと白銀と紫紺とおまけの真紅。
「ぴいっ」
不満気に鳴いてもね……、君はどうしたいのさ。
ずっとぼくと一緒にいるの?
そう尋ねても「ぴっ」と鳴いてツーンと横を向くばかり。
だから、ぼくと白銀と紫紺は真紅のことは好きにさせている。
「あんまり奥に行くと、温泉を楽しむのに命がけになりますので、街に近い所がいいんですが」
セバスが街の方向を見て呟く。
そうだね……温泉に入れる場所だけ確保するのか、温泉宿を建てて観光にも利用するのか、全ては魔獣の被害の有無に掛かっているもの。
「ここら辺の魔獣はまだ弱いが、奥に入ると狼系の魔獣が増えるから注意しないとな。あいつらは群れるから」
アルバート様がチラッと白銀に視線を投げてから言う。
白銀は、神獣フェンリル様で種族は狼系だもんね。
「魔道具で防御壁でも張ればよかろう?」
「そうよ。弱い魔獣なら魔獣除けの匂い薬草を焚けば寄り付かないわよ?」
白銀と紫紺はなんでもないように言うが、アルバート様たちはうへぇと顔を歪めてみせた。
「防御の魔道具はお高いし、魔獣除けの匂い草は臭いし……。そんなところで寛げないだろうよ」
……施設にお金掛けたら利用するのに高い値段設定になるし、臭い匂いのするところでリラックスするのは難しい。
アルバート様の言う通りだ。
「おんせんは、みんなでたのしむの。おふりょはいって、おいしいものたべて、おとなはおしゃけをのむの」
皆には何度も何度も説明しているけど、いまいち温泉の素晴らしさが伝わらない。
く、悔しいっ。
やっぱり、実際に温泉に入ってみて、美味しい物を食べてゆっくりとした時間を経験しないと、素晴らしさは実感できないんだな……。
白銀と紫紺も、ぼくがテンション高く温泉温泉って騒いでいるから同調してくれているけど、本当はお風呂に興味なんか無いだろうし。
なのに、何故あの気難しやのエドガー様から温泉の許可が出たのか?
兄様とセバスが予想するに、アルバート様がエドガー様の弱味を握っていて脅したんじゃないかって。
なにそれ、物騒な。
でも、二人は幼馴染みたいな関係で、いわゆる幼い頃の黒歴史を幾つか知っていて、それが脅しのネタになっているらしい。
そんなことしたら益々、エドガー様はブルーベル辺境伯家に対して頑なな態度になるのでは?と危惧するぼく。
だって、ぼくもブルーベル家の一員だからね!
「キューイッ!」
あ、ディディが何かに反応した。
「にいたまっ」
「うん、行ってみよう」
さっとぼくの体を抱き上げて、兄様は小走りで前方にいるアリスターの元へ。
温泉♪温泉♪
「ハックショーイ!」
盛大にくしゃみをして、ズズッと鼻を啜る。
「風邪?大丈夫、ギル」
「ああ、平気だ。なんともない」
……体調は悪くない、むしろ絶好調だ。
可愛い息子二人がいなくて寂しいが、愛しのアンジェリカと新婚に戻った気分で過ごしている。
口煩いセバスもいないしな。
「この変な報告書のせいだな」
ぺらりと、ブルーフレイムの街へ放った諜報部員の報告書を愛妻に渡す。
「なに、これ?」
自分の代わりにブルーフレイムの街の調査に行ったヒューは、早々にドラゴン騒ぎの真相を暴き解決してくれた。
アルバートとの合流は失敗したようだが、それは帰ってきてからアルバートをボッコボコに鍛え直すからいいとして、問題は……。
「温泉ってなにかしら?」
「うーん、ずいぶんレンが入れ込んでいるらしいが、風呂……だよな?」
たかが風呂に、なんでこんな施設が必要なんだ?
俺の手元には報告書とは別に温泉を楽しむための施設の建設費やら、魔道具の購入費、人員の手配などの要請書がある。
しかもセバスの筆跡で……。
これって、俺に拒否権はないよな?
今の俺はブルーベル辺境伯騎士団の騎士団長でもあり、辺境伯代理でもある。
本来なら義妹のレイラが辺境伯代理なのだが、アンジェリカと同じく今はあまり無理はさせたくない。
つまり、この予算は俺が許諾すれば通ってしまうのだ。
「そんなに高い金額じゃないが、一体何ができるんだ?」
温泉という風呂を幾つも造るのと、宿屋並みの広さの建物を二つ。
護衛の兵士と接客をする使用人と料理人の手配。
……ヒュー、お前はレンの願いを叶えたいだろうが、これはどういうことなんだ?
「こんなに好き勝手にして、エドガーとの関係は大丈夫なのか?」
分家のひとつであるエドガーと関係が悪化しているのは、ブルーベル家としては頭の痛いことだ。
今回のドラゴン騒ぎでは、その関係のさらなる悪化だけ防いでくれれば御の字で、関係修復までは望んではいなかった。
だが、この温泉騒ぎにエドガーはどう思っているのか……。
「……とりあえず、許可だな」
書類にサラサラとサインをして、魔法で作り出した伝書鳥の足に括りつけ、窓から外へ飛ばした。
あとは、セバスに任せよう。
ギルバートはアンジェリカの隣に座ると、優しい手付きで彼女のお腹を撫でた。