温泉大作戦 6
息苦しくて意識が朦朧として、悲しくて辛くて泣きながら眠りについた、翌朝。
ぼくの前に、前世でいうところの土下座をしているアルバート様たちがいた。
「?」
「「「「昨日はほんとーに、すみませんでしたっ!」」」」
四人で声を合わせて謝ってくれたけど……なんで?
ちょっと状況がわからなくて兄様のズボンをぎゅっと握ってしまった。
「アルバート叔父様。レンが困ってますよ。さあ、一緒に朝ご飯を食べましょう」
兄様がやれやれと笑って、土下座しているアルバート様の腕を取り、無理矢理立たせて宿の食堂へと連れて行く。
その後ろをぼくも白銀と紫紺と一緒についていく。
チラチラとこちらを窺い見るアルバート様の視線に居心地悪さを感じるけど、昨日のような嫌悪の気持ちが含まれていなことにホッとした。
食堂に入るとセバスがスマートな仕草でテーブルに誘導してくれて、兄様の隣の椅子にちょこんと座る。
今日の朝ご飯は、ぼくの好物ばかりが並んでいるような?
ぼくはセバスに目で問いかけると、セバスはにっこりと笑ってくれた。
白銀と紫紺の前には、大きな焼いたお肉の塊がお皿に乗っている。
「いただきましゅ」
お手々を合わせてペコリと頭を下げて、フォークを手に取る。
うむむ、何から食べようかな?
ふと、視線を感じて頭を上げると、アルバート様の困った顔が目に映る。
「?」
なんだろう?
「あ、あのな、がきんちょ……イテッ!」
アルバート様の右手にフォークが……。
兄様が笑顔で人様の手にフォークを突き刺したよ?
「アルバート叔父様はちょっとボケましたか?この子は僕の弟のレンですよ?」
「……はい……。ご、ごめんなさい……」
アルバート様は手の甲を摩りながら、改めてぼくの方に目を向ける。
「コホン。あのな、レン。昨日は態度が悪くて悪かったな……」
ううん。
ぼくは頭を振って、アルバート様の言葉を否定する。
だって、アルバート様は、悪くないよ?ぼくがいけないんだ……。
「……ぼくが……ママにもきらわれる、わるいこだから……」
「レン…………」
兄様がぼくの頭を撫でてくれるし、お肉を頬張っていた白銀がぼくの足に体をスリスリしてくれる。
嬉しいな、こんなぼくでも優しくしてくれる人がいる。
「ふふふ。だいじょうぶだよ、にいたま。しろがね。ありがと」
兄様に笑って見せると、兄様も安心したように笑顔を返してくれた。
「あー、レンは何も悪くないと思う。あのな、俺がお前にあんな態度を取ったのは……」
そうして、ご飯を食べながらアルバート様は、ぼくのことをどう思っていたのか話してくれた。
話を聞き終わって、ぼくはあんぐりと口を開けてしまった。
なんとなく父様やセバスからぼくの立場の話は聞いていたけど、こんなに悪意のある話じゃなかったよ?
どうやら、あんまり酷い話はぼくの耳にいれないように、周りの人達がそれとなく守ってくれていたらしい。
ぼく……ブルーベル家の跡継ぎの座なんて狙ってないのに……。
「ぼく……にいたまのおとうとで、いそーろーです」
しょんぼりしながら言うと、ガバッと兄様に抱きしめられた。
「違うよっ!レンは居候じゃないよ。僕の弟で家族で、ずっと一緒に居るんだよ?」
「でも……しろがねとしこんが……」
ぼくのお友達の白銀と紫紺は神獣と聖獣で、その守護の力を利用すれば、ブルーベル家の家督を奪うことも可能とか……怖い話だよね?
でも、王都にいる高位貴族の人達はこの話を信じていて、ぼくのことを危険人物認定しているらしい。
えーっ!ぼくそんなこと考えたこともないのにぃ。
でも誤解を解くには白銀と紫紺と離れた方がいいって……、そんなの嫌だよっ!
「大丈夫ですよ、レン様。国王陛下にはハーバード様がお会いして、白銀様と紫紺様のことは了承していただいてます。悪評をバラ撒いているのは高位貴族といえども取るに足らない者たちですので放っておきましょう」
セバスがいい笑顔で言い切ってくれた。
「確かに、ハー兄が根回し済なら問題はないと思うぜ。ただ、ティーノもギル兄たちもレンを甘やかし過ぎるぞ。少なくとも俺たちみたいに噂を信じて悪意を持つ奴もいるんだ。ちゃんと周りからどう思われているのか、それに対してどうしたらいいのか、教えてやらないと」
「……そうだけど……」
兄様がばつの悪そうな顔で俯く。
「今回はお詫びつーことで、俺がレンと神獣と聖獣にも下々の奴等の下衆な考えっていうのを教えてやるから、それを踏まえてレンの守り方を考えてみろよ、ヒュー。足が治っても相手の心を守るのは別の力が必要だからな」
ニカッと明るく笑ったアルバート様は、椅子に座ったぼくをひょいと抱き上げると、スタスタと宿のお部屋に戻ろうとする。
「え?あの、あの……ぼく……」
「いーから、いーから。仲直りしようぜ、レン」
パッチリとウィンクまでされてしまったぼく。
ちょっと恥ずかしくてアルバート様の肩に顔を埋めてしまった。
お部屋に着いたら、対面に座ったアルバート様から、ぼくの立場と利用価値、神獣と聖獣の力とそれを利用しようとする悪い人達の傾向と対策なんかをレクチャーされた。
うんうんと真剣に聞いて、へー、と感心してたけど……今のぼくってまだまだ幼児だよね?
幼児に、この話はちょっと難しいんじゃないかな?あはははは……。
「レンと仲直りも済んだし、俺たちは鬼のティーノのお遣いに行くとするか」
今日の晩飯は可愛い甥っ子たちと食べるのではなく、ここブルーフレイムの街の長、エドガーと食べることにした。
俺たちは、親戚同士で幼いときにはブループールの街で遊んだこともある仲だ。
「まったくティーノ兄さんも人遣いが荒いよ……。なんでもブルーベル家と険悪な関係になったエドガーとの関係修復と温泉?とかの許可が欲しいなんて……」
「リン。文句言うなよ。ティーノの機嫌が直らなかったら、ブループールに戻ってどんな目に合うか……。しかもレンのことはこっちが全面的に悪いしな……」
夕暮れに染まる町を歩きながら、俺は新しくできた小さな甥っ子のためにも、温泉の許可を取ろうと心に決める。
……ところで、温泉ってなんだろうな?