温泉大作戦 4
「レン!レン!どうしたの?息が苦しいの?」
自分の胸元に倒れこんできたレン様をしっかりと抱きとめ、ヒューバート様はその青白い顔に驚いてレン様の細い体を揺らしながら必死に声を掛けている。
私は、ヒューバート様の肩に手を当てて、レン様の体をそっとソファに横たえさせる。
「セバス……」
ヒューバート様のか細い声に、周りにいる白銀様も紫紺様もアリスターたちも痛みを堪えたような顔で、レン様の様子を見守っている。
私はレン様の容態を検分し、たぶんこの症状だろうと気づくと、収納魔法で空の革袋を取り出すと、小さなレン様の口元に当てる。
「レン様。ゆっくり息を吸って、吐いてください。大丈夫ですよ。さあ、吸って、吐いて」
背中を腕で支えて、ゆっくりと「吸って、吐いて」と声をかけていく。
レン様は大きなお目々にたっぷりと涙を湛えて、ぷるぷると細かく震えながら、細く息を吐いて、吸っていく。
私は安心させるように、背中を摩り声を掛け続ける。
「……レン……」
ヒューバート様が不安そうな顔を隠しもせずに、レン様の両手を自分の手で優しく包む。
白銀様と紫紺様もレン様の足元から、ジッと様子を窺っている。
「アリスター。代わってもらえますか?」
それからしばらくして、レン様の顔にも赤味が戻り、呼吸も深く落ち着いてきた。
なるべくレン様の体を揺らさないように、アリスターと居場所を交換し、私はヒューバート様に一礼してその場を離れた。
レン様はこのままお休みなられて、明日の朝まで目が覚めることはないだろう。
もう少ししたら、お部屋を移しても大丈夫。
なので、次の私の仕事はこの馬鹿どもの躾ですよね?
私がアルバート様たちに体を向けて殺気を飛ばすと、それに被せるように紫紺様からの冷たい怒気が放たれた。
いつのまにか、レン様の側を離れ、私の横に四肢を踏ん張って立っていらっしゃる。
こういうとき、短気で荒っぽい白銀様よりも、普段は穏やかで世話焼きな紫紺様の方が抑えが効かないのだ。
勿論、私も紫紺様と同じ気持ちである。
私はノーモーションで、主家のご子息であるアルバート様の鳩尾と我が愚弟セバスリンの顎に鋭い一撃を食らわせる。
「げっ!」
「ぎゃっ!」
二人とも防御を取ることもできずに蹲り、激痛にのたうちまわっている。
「ふん。Aランク冒険者のくせに、これぐらいも避けられないのですか?」
私は問答無用で、蹲っているふたりの背中をゲシッゲシッと蹴りまくる。
「「ぐえっ!」」
蛙が潰れた音……てこういう声のことなんでしょうか?
聞くに堪えない声だったので、蹴り上げて二人を仰向けにする。
「「いてっ!」」
当たり前です。
痛みを与えているのに喜ばれたら気持ち悪いです。
「相変わらずギルに及ばない実力に、ハーバードと比べようもないお頭ですね、アルバート。そして、セバスリン。お前はセバスの名前を持つ者とは思えない愚鈍さだ。いつまで主の友達感覚なのだ?見苦しい」
倒れた二人に一歩ずつゆっくりと近づきながら、それぞれの地雷を丁寧に踏んでいく。
「兄貴たちは関係ないだろうっ!俺はブルーベルから出て、自分の力でAランク冒険者になって……」
「その弱さで?生家の一大事で敬愛する兄の一人息子が巻き込まれていたのに、ちゃちなダンジョン攻略に嵌って間に合わなかった理由が冒険者のランク上げでしたっけ?だったらもっと強くなっていろよ、出来損ない」
ドガッ!と上からアルバートの腹へ踵を落とす。
「ぐっ!……っぐ」
「リン。お前も執事業を嫌がってアルバートと共に家を出た割には、つまらない生き方だな。アルバート相手に友達ごっこは楽しいか?同じ出来損ない同士友達になって、お前は自分と同じ立場のアルバートを利用して自分の狡さを隠しているだけだ」
「そんなことないっ!アルと俺は主従関係じゃなくて、ちゃんと友達で……」
バシッ!
仰向けになっているリンの横っ腹に蹴りを入れる。
「ぐふっ!」
「お前はセバスの名前を持つ者として、アルバートの劣等感を払拭させ、弱い気持ちを汲み、諫め、同苦したうえで支えるべきだった。アルバートがブルーベル家の中で居場所を得たら、同じように兄弟に劣等感を持つ自分が取り残されるのが嫌だっただけだろうが!」
「違うっ!俺は、俺はアルバートと一緒に冒険者になって、それで強くなって、兄さんた……ちに……」
「冒険者のランクが上がったぐらいで、私も兄もお前を見直すことはない」
「……っ!」
「お前には、お前の使命があったはずだ」
「やめろっ!リンのことを責めるなよっ!なんで、俺たちがお前にそんなこと言われなきゃいけないんだ!」
「貴方たちが先にレン様に大人げない態度を取ったからですよ。感謝して欲しいぐらいです。私が先にしばいたので、紫紺様からの攻撃がなされないのですよ?」
「殺っていいなら殺るわよ?でも……セバスが躾ているのを見てて気が変わったわ。この子たち、レンよりお子ちゃまなのね?」
紫紺様に鼻で笑われ「こども」と指摘され、一気に顔を赤くして気分を害したようですが、こっちの方が怒髪天なのですが?
ちょっとその態度にイラッときたので、リンの手を踵で踏んでおきます。
グリグリ。
「いてててて」
「あ、失礼。とにかくハーバード様やギルバート様からレン様のことはお聞きになっているはずです。あんな小さな子供に気を配ることもできないなんて、人としてどうかと思いますよ?しかもレン様は特別な事情があると説明されたでしょう?」
そう、あの小さな愛すべき子供は、ギルバート様が保護するまで神獣と聖獣に守られて危険な森を徘徊していた。
神獣と聖獣と出会う前は、奴隷商に捕らわれていてかなり酷い扱いだったのでは?と私たちは思っている。
それでもこの頃はようやくご自分の気持ちややりたいこと、欲しい物など主張してくださるようになったのに、また遠慮がちになられたらどうするのですかっ!
「いや、あのガキの事情は聞いてたし、同情もするけど……。そりゃ可哀想だと思うけど……。ヒューの代わりを狙ってるかもしれないし、神獣と聖獣を味方につけてるし……」
アルバート様がようやく上半身を起こし、胡坐をかいて、ぶちぶちと小さな声で何かを言っています。
「ガキではありません、レン様です!レン様がヒューバート様の足の怪我も奥様お体のことも治してくださったのですよ?なんで今更ブルーベル家を乗っ取るんですか?だいいちギルバート様はただの辺境伯騎士団の騎士団長です。神獣と聖獣を連れた人が狙うには些か旨味が無いでしょう?」
正直、神獣と聖獣を連れていたら王家の乗っ取りぐらい企てられますよ?
「だから!その神獣と聖獣が問題あるんだよっ!そいつらは人間のことなんて嫌いで憎んでいて、災いを呼び込もうとしている元凶なんだっ!」
アルバート様がビシッと指を紫紺様に付きつけて絶叫した。
はて?少し体を痛め過ぎましたかね?
アルバート様が妄想話を言い出しましたよ?