温泉大作戦 3
ぼくの前のソファに、不機嫌なお兄さんたちが座っている。
ひとりは、兄様と父様と同じ金髪碧眼のイケメンさん。
その隣にセバスをチャラくしたような細身な男の人。
あとの二人は猫獣人のお兄さんと、神官服を着た無表情なお兄さん。
クライヴたちが、無理やり帰ってきたばかりのアルバート様たちを拉致して宿まで連れて来たから怒っているのかな?
でも……アルバート様がぼくのことをじぃーっと見ている気がするんだけど……。
ぼくは居心地が悪くて、ちょんと兄様の上着の裾を握ってしまう。
白銀と紫紺もぼくの足元に寄り添ってくれていた。
「アルバート叔父様、お久しぶりです。僕の怪我が治ってからはこうしてお会いするのは初めてですね?」
兄様は明るく言うと、ソファから立ち上がってその場で足踏みしたあと、またソファに座り直した。
アルバート様とセバス弟はパチクリと瞬きをした後、眼を潤ませ破顔した。
「よかったな。これでお前も騎士になれるな」
「はい。父様からも大事な役目を担い、ブルーフレイムの街まで旅ができるようになりましたので、騎士になるための鍛錬も欠かさないようにします」
ん?兄様が殊勝なことを口にしたように思うけど、なんかアルバート様に対して嫌味だったような?
「父様から大事な役目」ってアルバート様たちも頼まれていましたよね?てことだよね。
ぼくが首を傾げて、あれれ?と悩んでいると、セバスがお茶とお菓子を差し出してくれた。
うん、考えても分からないから、美味しいお菓子を食べよう。
「にいたま」
「うん。食べていいよ」
兄様のお許しが出たので、焼き菓子をふたつ手に取ると、それぞれを白銀と紫紺にあげる。
ぼくの手からパクリと器用に食べると、もぐもぐと口を動かすふたり。
ぼくも焼き菓子ひとつを手に取って、小さく千切ったのを真紅に差し出し、残りは自分の口に放り込む。
真紅がちょんちょんとお菓子を啄むのに、手の平を突っつく嘴がくすぐったい。
「そこにいるのが、神獣フェンリル様と聖獣レオノワール様というのは本当か?しかもそこのガキと契約しているって」
アルバート様がグイッとテーブルの上に身を乗り出して、問いかけてくる。
「ええ。間違いなく神獣フェンリル様と聖獣レオノワール様です。それと、この子はガキではありません!ぼくの弟のレン・ブルーベルです。この子と神獣様聖獣様との契約もなされています。神獣フェンリル様が白銀様と聖獣レオノワール様は紫紺様と名付けもしています」
兄様がお菓子を口いっぱいに頬張っているぼくの背中を押して、アルバート様と対峙させる。
もぐもぐ、ごっくん。
「レンでしゅ。よろちくおねがいしましゅ」
ペコリと座りながらだけど、頭を下げてお辞儀する。
「……ただの養子だろ。ヒューの弟じゃない。もうお前の怪我も治ったし、騎士として鍛錬も始めている。いずれギル兄の後を継いで辺境伯騎士団を率いることもできるだろう。もう……素性の分からないスペアはいらないだろう」
スペア?
ぼくのこと?
「違います。父様はレンをそんなために迎え入れたわけじゃない。家族なんです。レンは僕の弟です!」
ガシッと兄様に肩を抱き込まれて驚いたし、足元の白銀と紫紺も「ガルルルッ」と唸って、アルバート様たちを威嚇しているのもびっくりだ。
「ヒュー坊ちゃんも立場を考えてよ。御身にそんな怪し気な子供を近づけているなんて、ティーノ兄さんも腕が鈍ったんじゃないの?しかも神獣と聖獣までおまけに付いていて。そんなものブルーベル辺境伯にとって悪縁以外の何物でもないよ」
セバスによく似たお兄さんが白銀たちを睨んで、吐き捨てるように言い放つ。
ぼくはその言葉がとても悲しくて嫌で、胸が痛くて目が……熱くて……。
「セバスリン!言葉が過ぎる。レンは主家の者だ。神獣様と聖獣様に対しても不敬だぞ!」
兄様が刺々しい雰囲気で、怒気を表す。
なのにふんっと顔を背けて、彼らは態度を改める様子もない。
ぼく……、嫌われちゃった?
この世界に来てから、みんなが優しくて愛してくれたから、勘違いしてたのかな?
この街に来て、エドガー様の意地悪な態度や、真紅の突き放す物言いや、アルバート様たちの嫌悪感溢れる眼差しに、ぼくは自分が凄い思い違いをしていたような気がしてきた。
ぼくは、嫌われ者だもの。
ママやママの友達もぼくが嫌い。
ああ……そうだ……、アルバート様たちの眼差しは前世でもよく感じたよ。
ママがママの友達にぼくを紹介すると、ママの友達はぼくのことをアルバート様たちみたいな眼で見ていた。
邪魔者で汚くて、暗くて弱くて、迷惑な子供。
ふー、はー、ふーふー、ふーふー、あれ?息が上手に吸えないかも?
ふーふー、苦しくなってきたかも……。
ぜえぜぇと胸が嫌な音を立てるし、喉が詰まったように苦しい。
「……ぃ、た……。……に…………ま……」
助けて……。
苦しいよ……。
ぼくの肩を強く抱きしめる兄様の胸に倒れこんだところで、ぼくの意識は途切れてしまった。