ブループールの街 2
なんでこんなことに……?
何度も何度もそう思って考えてみるんだけど、やっぱりわからない。
今、ぼくはギルバートさんの一人息子、ヒューバート・ブルーベル、御年12歳と寝台で一緒に寝ています。
だから、なんで?
ひと晩経って、朝が来てもやっぱりわからない。
うーんと短い腕を組んで首を傾げて考えてもわからない。
「おはよう、レン。百面相は止めて朝の支度を始めようか?」
当の本人、ヒューバート様…あ、すみません、兄様がぼくの頭の天辺にちゅっとキスを落として、呼び鈴を鳴らしメイドさんたちを部屋に入れる。
メイドさんや従者さんたちがカーテンを開けたり洗顔の用意をしたり、お仕事をするのをぼんやり見ながら、ぼくは昨夜のことを思い出していた。
豪華な夕食のほとんどを、小さなぼくの胃では食べきることはできなかったが、とても満足して、けふっとお腹を撫でていると、ぼくの前にホットミルクを置いてくれた執事さん、セバスチャンさんがギルバートさんに、「レン様のお部屋の用意ができました」と告げた。
「そうか。レンも疲れたろう、誰かに湯浴みの手伝いをさせて、もう休めばいい。明日、改めてこれからのことを話そうな」
優しい笑顔でぼくに言う。
湯浴みってお風呂のことだよね?
お部屋って、ちゃんとしたお部屋をぼくに貸してくれるの?
ぼく、屋根裏とか物置とかでもいいのに。
嬉しくてニコニコしてたら、白銀と紫紺が足元にテテテと駆け寄って、てしてしと前足でぼくの座る椅子を叩く。
「?」
「ああ、大丈夫。白銀と紫紺もレンと同じ部屋を使うといい。ただし…風呂には入ってもらう」
お風呂の単語に紫紺の尻尾はゆ~らゆ~ら揺れて、白銀の尻尾はピーンと立った。
白銀…お風呂、嫌なの?
「いっちょに、はいる」
だから、大丈夫だよ白銀。綺麗にしてもらおうね。
その後、メイドさんたちに連れられた広い浴室で、いい匂いのする石鹸で隅々まで洗ってもらい、あったかいお湯に浸かって夢心地になり、湯上りのお水を飲んでる間に魔法で髪とか乾かしてもらった!
「まほー」ときゃいきゃいはしゃいでると、ふくよかなメイドさんに捕まってあちこちに香油?を塗られて、足とかをマッサージ。
ううーん、疲れが取れるぅ…かも?
紫紺も綺麗に毛並みを整えてもらい、あれこれ前足で指示を出して香油とか爪の手入れとかされている。
反対に白銀は乾かしてもらったあと、ブラッシングさえも拒否して、部屋の隅に縮こまってこちらを睨んでる。
そんなに、嫌だった?ぼくは気持ちよかったよ?
ママと一緒のときはめったにお風呂入れなかったから。
ピッカピッカになったぼくたちは、セバスチャン…セバスさんの案内で二階へ。
ぼくたちに用意してくれたお部屋に行こうとしたら、兄様に呼び止められたんだ。
ちなみにヒューバート様を兄様と呼ぶようになったら、アンジェ様、アンジェリカ・ブルーベル様から「母様」と呼ぶようにお願いされた。
えーっ、でもそれは…図々しくないかな?
ぼく、孤児だし。
アンジェ様は元子爵令嬢様だって。
なのに、呼べなくて戸惑うぼくに、アンジェ様は今にも泣き出しそうな、うるうるのお目目で「ダメ?」と懇願するんだもん。
ぼく、その姿に負けちゃいました。
「か、かあたま?」
キャーッ!と叫ばれて、ギュウゥゥと強く抱きしめられてアップアップしてると、ススッとギルバートさんが寄ってきて、「じゃあ、俺は父様だな」といい笑顔でおっしゃるから……。
「とうたま…」
半ば諦めてそう呼びました。
白銀と紫紺はそんな大人たちに呆れてたけどね。
そんなことをつらつら思い出していたら、兄様がセバスさんに、
「どこに行くの」
「客間にレン様のお部屋を用意しましたので、ご案内を」
「…セバス。レンは僕の部屋に」
「!」
へ?なんで?今日会ったばかりの幼児に、なんでそこまでしてくれるの?
「レンはまだ小さい。いくら白銀と紫紺が一緒でも、一人で寝かせるのはかわいそうだ。しばらくは僕の部屋で一緒に」
「ですが…」
「父様たちは反対しないよ。…レン」
「あい」
「僕の部屋はちょっと狭いんだけど、一緒でいいよね?」
いいけど…。なんか有無を言わさずの雰囲気にビビりますが……。
またまた、兄様に膝抱っこされてキコキコ車椅子で移動したのは、一階の奥にあるお部屋。
ぼくには充分広いお部屋なんだけど…、ここって使用人さんたちが使う部屋なんじゃないかな?
だってセバスさんとか、あのふくよかなメイドさんの部屋が隣にあるって言うし。
父様と母様のお部屋は二階にあるし……。やっぱり、兄様が階段使えないからかな?
「レンは僕と一緒に寝台を使おう。白銀と紫紺は床にクッションを敷き詰めれば大丈夫かな?」
「しろがね?しこん?ちいさいの…へいき?」
寝る時ぐらいは、元の大きさに戻りたいんじゃないかな?そうしたら、さすがにお部屋が狭くなるけど…。
「平気よ。このままの姿で休めるわ。ベッドはレンたちが使いなさい」
「ああ。別に寝れるならどこでもいいし。寝なくても平気だし」
「おおーっ」
白銀の寝なくても平気発言は、ぼくの異世界あるある心を満たした!
そうだよね、神獣様だもん。
三日三晩死闘を続けても平気だよね!
そうして白銀と紫紺は山盛りのクッションに埋もれるようにして休み、ぼくは今日初めて会った兄様に抱きしめられながら眠りました。
今、兄様は寝台に上半身を起こして身支度を手伝ってもらってます。
ぼくは、鏡の前に立って、兄様のお下がりの洋服をいろいろと着せ替えられてます。
そんなぼくを見て、紫紺が微笑みながらブラッシングを受けていて、白銀は「やめろーっ」と叫びながらメイドさんが持つブラシから逃げてます。
鏡に映った自分の顔をしげしげと見つめるぼく。
黒髪、黒眼にちょっとがっかりして、前の青白くてカサついた肌が、ペッカペッカに輝いて紅色のふくふく頬っぺたになってて、痩せすぎて気持ち悪かった細い腕や足は、ぷくぷくした柔らかくて短い手足に変わっていた。
顔立ちは残念ながら、前のぼくと変わらないみたい。
兄様たちみたいな超絶美形家族に平凡顔のぼく…絵面がイマイチでふうーっ。
そっと鏡に映った僕に触れて、くふふと笑う。
(はじめまして、ぼく。これから、よろしくね)
いっぱいいっぱいお友達を作ってシエル様に喜んでもらわなきゃ。
フンっと気合を入れ直したんだけど……。
なんだか、おかしな家族ができちゃったかな?と兄様の顔を見つめてみた。