温泉大作戦 1
「真紅」と、小鳥じゃなかった、神獣フェニックスの名前を呼ぶと、小鳥はきょとんとした顔で首を傾げてみせた。
「きみのおなまえ、しんく。まっかだから」
ぼくはニコニコと笑顔で、小鳥の柔らかい背中の羽毛を指で優しく撫でる。
たしーんたしーんと、白銀と紫紺が尻尾を床に叩きつける音がやや強く感じるけど、今は無視します。
<俺様が、真紅?>
「そう。おなまえ、しんく。いーい?」
ぶわっと体中の羽毛を膨らませて、羽をバサバサとはためかせた小鳥は、その場でジタバタと暴れ出した。
「いや?」
<バッ、べ、別にいーんじゃねぇの?俺様の名前だろう?真紅……。いーぜぇ、別に。お、お前がどーしてもって言うなら、な!>
ん?これはどっちだろう?
嫌なのかな?いいのかな?
ぼくが小さな頭でウンウンと考えている横で、白銀と紫紺が低い声で小鳥に文句を言い出した。
「はぁ?折角レンが付けてくれた名前が気に食わないって言うの?何様よっ!齧るわよ!」
「お前みたいな半端神獣にありがたくも名前をつけてくれたんだぞ?平伏して感謝しやがれ!踏みつぶすぞ!」
こ、怖いよ、白銀と紫紺。
ぼくは二人の背中を撫でて、気持ちを落ち着けてもらう。
「いーの。怒っちゃめー!なの」
ふたりの怒気に、机の上の小鳥も少し毛を逆立ててぺっちゃりと尻餅ついちゃってるよ。
<い、いーよ!真紅でいいから!>
なんか無理やりOKをもらったみたいで、ごめんなさい。
でも、お名前決まって嬉しいな!
「よろちくね、しんく」
<お、おぉ>
プイッて照れて顔を横に向けてしまう神獣フェニックス、真紅。
これから、よろしくね。
リリとメグが午後のお茶を用意するまで、飽きることなく真紅を眺めて愛でていたぼくでした。
あれ?兄様たち……帰ってくるのが遅いような?
冒険者ギルドにセバスを連れて訪れ、アルバート叔父さんの動向を確認してみたら、呆れることにオルグレン山ではない山の洞窟調査に行っているらしいことがわかった。
「なんで、ドラゴン騒ぎの確認に訪れていて、別の依頼を受けて行ってしまうの?」
どっと疲れに襲われた僕は、まだギルマスの居るギルドマスター執務室に滞在しているのに、ぐったりとソファに体を預けてしまう。
そんな僕の様子を、父様の昔馴染みのギルマス、トバイアス様は苦笑して見守ってくれた。
「しかも日帰り調査じゃなくて、数日かかる内容だぞ?でも緊急性は薄いし……。なんでこの依頼を受けたんだろうな?」
アリスターも思わずという感じで口を挟んでしまう。
セバスはヒクリと口元を引き攣らせて、ボソッと言葉を零す。
「お仕置きですね……」
「まあ、アルバートのことだから暇潰しのつもりだったんだろう。あいつ等ぐらいのレベルの冒険者ならオルグレン山にドラゴンがいたかどうか、すぐにわかるだろうし」
ドラゴンがいなかったとわかれば、冒険者として依頼を受け有意義に過ごしたい……とあの冒険馬鹿のアルバートとセバス弟が判断してもおかしくはない。
「せめて、高ランク冒険者の意見として、エドガー様との面談に付いてきて発言してくれればよかったのに」
そうすれば、あのエドガーの態度も軟化して、物事の進みが順調に行ったかもしれないし、次の報告に行ったときにレンが欲しがっていた温泉とやらの発掘許可も簡単に得られたかもしれないのに。
「セバス。このことは父様に報告するよ」
「もちろんです。私などは弟の愚行を兄と父にも報告いたします」
うわーっ、こりゃ悲惨なことになるな……とギルマスはアルバートたちに同情した。
自分は、一応止めたのだ。
ギルの息子が来るまでは大人しく宿で待っていて、エドガーとの面談を終えたあと、目付役セバスの許しを得てから冒険者として依頼を受けるようにと。
「戻ってくるのは……予定では明後日か……」
「ヒューバート様。エドガー様との面談はその後にいたしますか?」
「ああ、そうしてくれ。僕の考えたシナリオにアルバート叔父さんは必要不可欠だからね」
アルバートの所業からのショックから立ち直ったヒューバートは、ギルマスに真剣な顔を向けて、ある提案を持ち掛けた。
これが今日の本当の目的なのだから。
ヒューバートたちが悪巧みを終え、レンの待つ宿に戻ったのは夕食の時間になってしまっていた。