火の精霊王 8
アリスターはその場に正座して座り、目の前にトカゲをちょこんと座らせる。
真剣な眼差しをトカゲのつぶらな赤い瞳に注いで。
「お前、本当に俺でいいのか?俺はまだ火魔法をちゃんと使えないし、どっちかって言うと剣の稽古が楽しいし」
「ギャウ!」
「そもそも、お前、喋れねぇの?水の妖精のチルとチロは喋れるらしいぞ」
不思議そうに首を傾げたアリスターに、トカゲはしょぼんとした風情で俯く。
「こりゃ、坊主。いじめるでない。会話をすることは可能じゃ。今は精霊力が足りないため無理を言うでない。契約すればお主の魔力と繋がるので会話ぐらいすぐに出来るわ」
ぺしんと軽い音を立てて頭を叩かれたアリスター。
「ごめん」
「ギャギャウ」
ううんと首を大きく左右に振るトカゲ。
「にいたま……、まだぁ?」
「しぃっ。大事なことだから、もう少し様子を見よう」
兄様がむぐっとぼくの口を手で塞いで、厳しめに言う。
だって、湖の方に白銀と紫紺がいるような気がするんだもん。
「俺も腹を決めた!じゃあ、契約するぞ!いいな!」
「ギャウ!」
こくんと強く頷くトカゲ。
「……、あ、契約ってどうやるんだ?」
ズコーーっ!
もう、アリスター、早くしてよっ。
トトト、と走って白銀と紫紺に抱き着くぼく。
「しろがね!しこん!」
「おう!レン、悪かったな」
「ごめんなさいね、離れてしまって」
二人が左右からそれぞれ、ぼくの頬をペロペロ舐めて慰めてくれた。
「やあ、お帰り。白銀、紫紺」
兄様が二人に挟まれたぼくを抱き上げて、不満そうに鼻を鳴らす白銀と紫紺にご挨拶。
「ああ。で、あの状況はなんだ?アリスターと火の精霊が繋がっているように見えるんだが?」
「そうね。契約済みたいよ?」
アリスターはトカゲ………契約したことで名前を教えてもらった、火の中級精霊の「ディディ」を抱っこしてこちらに歩いてくる。
セバスが疲れたような、何もかも諦めたような顔をして、経緯を説明してあげた。
「ふうん。アリスターが気に入られたか……」
「魔力はそこそこレベルだけど、気質が合ったのね」
白銀と紫紺は、フンフンとトカゲじゃなかった、ディディの匂いを嗅いでいる。
止めてあげなよ、ディディが迷惑そうだよ?
「おんちぇん……」
ぼくは、もの凄く名残惜しそうに湖という名の温泉を……露天風呂を見つめる。
入りたい!と火の精霊王様にお願いしたところ、人の身には湖の水の帯びた精霊力が強いのでお勧めしないと言われた。
その代わり、ディディの力が安定したら、外の世界で温泉がある所を探させて作っていいよとお許しが貰えたんだけど……。
温泉ってそんな簡単に掘れないよね?
「うーん、技術的な問題は、もしかしたら白銀と紫紺の能力でどうにかなるかもしれないけど、掘る場所がねぇ」
「んゆ?」
「ブルーフレイムの街の責任者に許可を貰わないと、いくらブルーベル辺境伯代理としても他所の街に勝手に温泉は掘れないよ?」
ガアアァァァァン!
だって、ここの偉い人って、来たときに会ったあの人でしょ?父様のことが嫌いなあの人でしょ?
絶対に、許可してくれないじゃん!
びゃあっと涙が溢れてきてあぐあぐ泣き出すぼくに、みんなは大慌て。
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと僕が許可を貰うから。ね?そうだよね、セバス!」
「お任せください。あんな小物の弱味のひとつやふたつ……。ふふふふ」
いや!なんかセバスが不穏だよ?
え?弱味って何?脅しちゃダメだよ!ますますあの人、父様のこと嫌いになっちゃうよ?
「あー、なんか揉めてるとこ悪ぃんだけど……。こっちも困ったことがあってな」
「そうね、とりあえず。精霊界を出ましょ」
白銀と紫紺が二人揃って眉をへしょりと下げて、尻尾を下げながらポテポテ歩いていく。
「どうしたんだろう?」
「んゆ?」
ズズーッと鼻を啜って、ぺちぺちと抱っこしてくれている兄様の腕を叩き、ふたりの後を追いかける。
「いやいや、こいついないと妖精の輪は開かないだろうが……。おーい!ちょっと待ってくれっ」
「ギャーウ」
ぼくたちの後ろから、ディディを抱っこしたアリスターが走って追いかけてくる。
そうして、美しい火の精霊王様に別れを告げて戻ってきたオルグレン山の麓で、ぼくたちは白銀と紫紺が連れて来た問題児と出会うんだ。





