火の精霊王 7
昨日と同じくゆらりと歪む空間を通り過ぎると、オルグレン山の麓の洞窟前にあっという間に移動していた。
今日は、留守組だったセバスも一緒に精霊界へ行くから、まず洞窟前に何人か騎士さんを配置して、洞窟の奥手前で残りの騎士さんたちを待たして、ぼくと兄様、アリスターとセバスで妖精の輪を潜ります。
薄暗い洞窟の中から眩い光に包まれて、そうっと瞑っていた目を開けたら……、そこは綺麗に輝く精霊界でした!
「しゅごいっ」
水の精霊王様がいた精霊界はキラキラ輝く世界だったけど、火の精霊王様の精霊界はキラキラというかギラギラ?チカチカ?とにかく色が鮮やかです!
「ふうん。咲いている花も大輪な花が多いし、色も濃いね」
「花だけじゃなくて、葉の緑も色が濃いぞ」
「それより……、この湖から湯気が出ているんですが?」
「んゆ?」
セバスの困惑した言葉に惹かれて湖を見てみると、カラカラに涸れていた湖には水がたっぷりとあって、ユラユラと白い湯気が立ち昇っていた。
「これって……」
湖に手を入れて確かめたいけど、この水の色からは温度がいまいち分からないしな……。
躊躇したぼくの代わりにトカゲがボチャンと湖に入って、頭まで潜ってぷはあっと顔を出してみせた。
その姿を見て、ぼくも恐る恐る手の先を入れてみる。
「わっ!わわわ!」
あったかーい!
これってやっぱり温泉だよね?
瑠璃が教えてくれたのは、この温泉のことなんだよね?
「……はいりたい」
温泉って入ったことがないの、ぼく。
でも日本人って温泉大好きな人が多いよね?
よくひとりで見ていたテレビでも、温泉を巡る旅番組や秘境の湯なんて特番もあって、ぼくも入りたいなーって思ってた。
「どうしたの?レン」
兄様が、湖に手を突っ込んでるぼくを心配して声を掛けてくれた。
「にいたま。おんちぇん……はいりゅ」
「おんちぇん?……ああ、本当だ。この湖の水は随分温かいね」
兄様も手を湖に浸して、ほうっと息を吐く。
え?この世界って温泉ってないの?
ぼくたちの行動を訝しんだセバスも手を入れて、アリスターは湖に入ったトカゲに手を咥えられて湖の温かさに気づいた。
「セバス。レンが湖に入りたいらしいんだが……」
「そうですね。お風呂?みたいな感覚ですし、よろしいのでは?」
「あ、俺も入りたい!」
「その前に、火の精霊王様にご挨拶しなきゃね」
兄様が残念そうに手を拭いて、ぼくの手も拭いて湖から離れて歩き出す。
ああ、温泉が……。
でも火の精霊王様にご挨拶しなきゃ、ダメダメです。
「此度は誠に世話になった」
火の精霊王様は、平たい大きな岩にしどけなく横になり、赤い魅惑の唇をニィと上げてぼくたちを歓迎してくれた。
とってもお綺麗で素敵なんですが、相手がぼくたちお子ちゃまなのが残念です。
昨日と違って、金色の瞳は強い光を宿し波打つ金髪も色艶が増したような?
「ふふふ。どうやらあ奴に奪い取られた力が少し戻されたのじゃ。お陰でここもいくらかマシな姿に戻ったようだ」
火の精霊王様はトカゲをナデナデしながら、そう教えてくれた。
でも戻された力は僅かで、まだまだ不足しているんだそう。
トカゲたち精霊様の力も全盛期と比べたら弱いままなんだけど、避難していた精霊様たちがこちらに戻ってくるから、精霊界もすぐに元に戻るだろうし、ハーヴェイの森に影響も無いだろうって。
「よかったぁ」
くふくふと笑ってたら、火の精霊王様に「愛らしいのぅ」と褒めていただいた。
兄様とセバスが「そうでしょう、そうでしょう」と相槌を打つので、ぼく恥ずかしい。
「ところで、そこの狼坊や」
「へ?俺ですか?」
いきなりのアリスターご指名。
「ふむ。火の属性持ち。魔力はそこそこじゃな……本当に、こ奴がいいのか?」
「ギャウ!」
「……ふむ。仕方ない。坊や、こっちに来い」
「は……はあ」
アリスターがチョイチョイと火の精霊王様に呼ばれて、腰が引けながらも岩の前まで近づき片膝を付く。
火の精霊王様は細い指をアリスターの額に押し当て、ブツブツと口の中で何かを呟いた。
「にいたま。なにしてりゅの?」
「さあ?」
ぼくたちが揃って首を傾げていると、セバスが「まさか……」と焦りだす。
そして、辺り一面に青白い炎が立ち昇り、上空で重なり散って消えた。
「これでいいじゃろう。ほれ、大事にするのじゃぞ」
ほいっとトカゲを手渡されて、呆然とするアリスター。
何が起こったのか分からないぼくと兄様。
「もしかして……アリスターは、火の精霊様と契約が可能になったのでは?」
セバスが呆然としながらも、ぼくたちに状況を説明してくれる。
え?でも、精霊様と契約って相性も大事だけど、魔力も多くないとダメなんでしょう?
アリスターは火の属性持ちだけど、魔力はそんなに多かったのかな?
「いやいやいや、ほいって、こいつ精霊様でしょう?しかも中級の精霊様でしょう?なんで、俺に渡すんですか?」
パニック状態のアリスターは、果敢にも精霊王様にトカゲを返そうとする。
トカゲは尻尾をアリスターの腕や腹にバシンバシン当てて、「ギャウギャウ」と抗議している。
「あー、これって契約しなきゃ精霊界から帰してもらえないパターンだね」
兄様が、やれやれと気の抜けた声でそう言った。
トカゲ……アリスターの妹のキャロルちゃんはトカゲ大丈夫かな?





