火の精霊王 5
もむもむと、右手をトカゲに食まれるぼく。
くすぐったいなー。
でも、自分の流した魔力がトカゲにどんどん吸収されていくのが分かる。
その様子を背中からぼくを抱きしめている兄様と、右に白銀、左に紫紺が鬼のような形相で見守っている。
トカゲが頑張って、んくんくと魔力を飲み込んでいくけど、涙目で体がピクピクしているのは、みんなのことが怖いからじゃないかな?
アリスターは、トカゲが必死に頼むので胡坐をかいて膝抱っこしてあげています。
ふたり、仲良しさんだね。
「仲良しって……。それよりレン、白銀様たちが俺もついでに睨んでくるから、こえぇーんだけど」
ぼくが「んゆ?」と首を傾げて左右と上を確認したけど、ニッコリ笑う兄様と白銀と紫紺しか見えませんよ?
「ギャウ」
小さく鳴いて、パカッと口を大きく開けるトカゲ。
兄様は速攻でぼくの手を引っこ抜いて、綺麗なハンカチで拭き拭きしてくれた。
「ダメよっ、ヒュー。ばい菌があるかもしれないわ。クリーン」
紫紺……、なんで右手だけじゃなくて、ぼくの体全体を「クリーン」で綺麗にしたの?
「ありがと」
でも、お礼は言うね。
「さて。レンの貴重な魔力まで食わせてやったんだ。お前、ちゃんと俺たちを元いた場所まで戻せよ!」
ガルルルッと牙を見せて白銀が脅すと、トカゲはアリスターの腕の中に頭を隠し「ギャギャ」と泣く。
鳴くじゃないよ、泣いてるよ?
「しろがね、めー!」
ピシャンと白銀の額をお手々で軽く叩いて、トカゲから白銀の大きな顔を離す。
「ふー。とりあえずセバスたちが洞窟前で待機しているから、そこに戻してもらおう。精霊王には君たちから報告してね。また明日、様子を見に行くから迎えにきてほしい」
「ギャウ」
アリスターの腕の中から、こっそり顔を出して兄様に頷いてみせるトカゲ。
…………本当に仲良しになったね?アリスター。
羨ましくなんか、羨ましくなんか……いいなぁ。
「ん、なんかコイツ、放っておけないんだよなぁ……」
困ったように言いながら、優しくトカゲをなでなでするアリスター。
うーん?そのトカゲは火の中級精霊だから、持って帰っちゃダメだよ?
「アリスター。トカゲは飼わないぞ」
「なっ!そんなのじゃない」
兄様……トカゲじゃないよ?精霊様だよ?
こうして、ぼくたちは神獣フェニックスをシエル様のいる神界に送って、オルグレン山の平穏を取り戻すことに成功しました!
で、いいんだよね?
トカゲの空間移動で洞窟前に戻れたぼくたちは、その場でやきもきしながら待っていたセバスと騎士たちと合流して、ブルーフレイムの街へと戻ることにした。
トカゲと火の妖精たちは洞窟の中に入り、たぶん妖精の輪で精霊界に帰るのだろう。
トカゲの赤い小さな背中に手を振ってお別れしました。
「いいのか?アリスター。精霊界に帰ってしまうぞ、あのトカゲ」
「いやいやいや、何をどうするって言うんだ!だいいち、キャロルが嫌がるだろう……トカゲって」
ん?だから火の中級精霊だよ?トカゲじゃないからね?
アリスターを揶揄う兄様に心の中でツッコミいれていたぼくだけど、そのあとに続くセバスの笑顔でお説教タイムに白銀と紫紺も交えて悶絶する羽目になりました。
オルグレン山の平穏を取り戻したのに、お説教……くすん。
洞窟から休憩していた場所まで、ぼくの感覚ではすっごく近かったのに1刻(2時間)ぐらいかかって戻って、さらに合流した騎士たちと一緒にブルーフレイムの街に戻るころには日が暮れていました。
「明日もハーヴェイの森へ行くから、今日は早めに休もうね」
「あい」
もう、クタクタです。
夢の中。
でも、特別な夢の中。
簡易なテーブルセットの椅子のひとつに優雅に腰掛けて、ぼくを待っているのは……。
「るーりー」
トテトテと走って、ボスンと足に飛びつくぼく。
軽々とぼくの体を抱き上げて、頬ずりしてくれる美丈夫は聖獣リヴァイアサンの瑠璃が人型になっている姿。
「心配したぞ。まさか火の精霊王たちのトラブルに巻き込まれるとは……」
「んゆ?でもこまってたの……」
火の精霊王様はとっても艶やかな女性だったけど、ちょっとやつれていて可哀想だった。
「ふむ。迷惑を掛けていたのは同類だしのぅ。儂からもあの方にはお願いしておいたぞ」
「おねがい?」
「ああ。あ奴がため込んでいた力を精霊力に戻し、あの地に満たしてもらおうと思ってな。さすれば火の精霊たちも少しは力を取り戻すであろう」
「おおーぅ!」
そうすれば、あの精霊界も水の精霊王様がいた場所みたいな、キラキラ綺麗な場所に戻れるのかな?
「そうじゃな。火の精霊王の力が戻れば、あの精霊界もすぐに元の姿を取り戻すであろう」
「わー!たのちみ」
フフフとふたり、顔を見合わせて笑う。
そして、夢が覚める別れ際、瑠璃が悪戯っ子のように笑って、ぼくに教えてくれた。
「あの精霊界の湖はレンが気に入ると思うぞ。あの方にも火の精霊王にも、まず湖を元の姿に戻すようお願いしておいたからの」
「みじゅうみ?」
どんな、湖なの?と問いかけようとしたら、ぼくの体はグラグラ揺れて目がバッチリ開いてしまった。
「レン様。もう皆さま朝ご飯を食べられる時間ですよ?」
メグがベッドの上で大の字で熟睡していたぼくの体を、ゆっさゆさと揺らしていたからだ。
うーん、今日精霊界に行ったら、瑠璃が言っていた湖の秘密が分かるかな?
「レーン、ご飯食べちゃうよ?」
「あーい!いきましゅ」
それより、ご飯食べなきゃ!
ぼくはぴょんとベッドから飛び降りて、メグに追いかけられながら身支度を整えると、兄様たちが待つ宿の食堂へと走った。
あれ?白銀と紫紺はどこに行ったんだろう?