ブループールの街 1
ぼくたちは、旅人や商人たちが使う通常門じゃなくて、騎士たちの緊急出動用の門から街へ入りました。
門番の騎士さんとギルバートさんが二言三言やりとりをした後、ぼくたちは敬礼とともに送り出される。
門から入ると、まずは広い平地に川が流れている。
その川に架かった橋を渡って、しばらく鶏小屋や牛小屋などの家畜小屋をいくつか過ぎて、もうひとつの門を潜ると、ブループールの街がようやく迎えてくれる。
森はうっすら暗くて時間が分からなかったけど、今は日が暮れて薄闇が覆い始めるとき、通りの左右に並ぶ店の前にランプの灯りが輝きはじめるときだ。
仕事を終えた人たちがあちこちから湧いて出て、屋台やお店へと足を進めていく。
騒がしくも穏やかな時間。
「うわあああっ」
ぼくはギルバートさんに体を支えてもらいながら、右に左に興味を押さえられずにキョロキョロ。
石造りの家に肉串や焼きそば?みたいなジャンクフードのお店。
お酒が飲めるお店の前には、エプロンを付けたお姉さんたちが呼び込みをしている。
「人が多くなったから、道を変えるぞ」
馬首を右に向けて、大通りより一本逸れていく。
「おおーっ」
今度はショーウィンドウのあるお店ばかり。
洋服屋さん、武器屋さん?宝飾店や道具屋さん…。んー、一店ずつゆっくり見ていきたいっ。
「ははは。落ち着いたら街案内をしてやろう。それまでは待っててくれ、レン」
「あい」
大人しく待ってるから、絶対に案内してね!待ちきれない衝動で足がバタバタ動いちゃうよ。
「ほら、ここからは貴族や辺境伯の分家、大きな商会などが住む区域だぞ」
それまでは、街の人がギルバートさんたち騎士さんに気軽に声を掛けていたが、ここからは家の門番さんが会釈したり、胸に手を当て頭を下げたりと、接し方が変わった。
…身分制度がある世界だもんね。
ぼくも気を付けなきゃ。
漫画やアニメ、時代劇ぐらいの知識しかないけど。
いわゆるお屋敷が続く道はやや登り坂になっていて、小高い丘の上にめちゃくちゃ大きな洋館が聳えているのが見えた。
「あれが、辺境伯のお屋敷だよ。その右下に広がるのが騎士団の本部と俺の屋敷だ」
指差す方に目を向けると、三階建てぐらいの学校みたいな大きな建物があった。
騎士団の騎士たちのほとんどは寮住まいだって言ってたな。
その横にハリウッドスターが住むみたいな大きなお屋敷がある。
「おっきい・・・」
思ったより立派だった。
そうだよね、騎士団団長って言ったら高級官僚だもの、大きい家に住んでるよね?ぼく…大丈夫かな?迷惑かけずにちゃんとできるかな?
「俺の屋敷には、俺の奥さんと息子がいるのと、使用人が何人かいる。一応、役持ちなんでな、護衛として騎士が交代で就いてくれている」
…大勢、いるんですね。
それって孤児院での集団生活と変わらないのでは?
うっ、緊張してきた。
ぼくのテンションが、段々下がるのに気が付いた白銀と紫紺が心配そうに声を掛ける。
「レン、大丈夫?嫌なら無理して行かなくてもいいのよ?」
「そうだぞ?俺とコイツで住む所ぐらい用意できるぞ!」
フルフルと首を振るぼく。
なんとなく……なんとなく、ぼくには感じられるの。
白銀と紫紺は生活能力が無さそう。しかも一般常識もズレてそう。
でもしょうがないよね?神獣フェンリルと聖獣レオノワールだもん。
人の世界のことなんて必要ないもんね。
でも、そんな二人との生活は心配。
幼児になったぼくに、二人のフォローは絶対無理です!
「レン、不安になったか?家のものは皆、レンに意地悪したりしないぞ?嫌なことは、すぐに俺に言ってくれ。レンが過ごしやすいように整えるから…」
ぼくは顔を上げてギルバートさんを見る。
イケメンが眉を下げてぼくを弱々しく見つめています。
「…じょーぶ。ごめんなちゃい。ぼく、だいじょーぶ」
頑張ってニッコリ笑って見せました。
ギルバートさんのお屋敷の門が恭しく左右に開かれます。
馬をゆっくり進めていくと、屋敷の前には…並んでいらっしゃいます。
お家の方々と使用人様一同が…並んでます。ひえええっ。
ギルバートさんは両肩に白銀と紫紺を乗せたまま、身軽に馬から下りて、ぼくの体もヒョイと持ち上げて降ろしてくれました。
おずおずとギルバートさんに連れられて、前に進むんだけど…、皆がぼくを見ていて、ちょっと怖い…。
「無事に戻った」
「ギル、おかえりなさい。無事で良かったわ」
「アンジェ。心配かけた。それと…」
ぼくの背中を軽く押して、アンジェさんと呼ばれていた女の人の前に。
アンジェさんはギルバートさんの奥さんかな?綺麗な女の人。
ゆるくウエーブがかかった茶色の髪をハーフアップにして、金色の瞳はランプの灯りにキラキラしている。
ペコンと頭を下げて、ご挨拶。
「レンでしゅ。よ…よろちく」
ジッと見つめられて顔が真っ赤に染まっちゃうよー。
恥ずかしくてもじもじしてたら、「よろしくね」と柔らかい声で返された。
「レン。僕はヒューバートだよ。よろしくね」
まだ変声期前の高い少年声で明るく挨拶されて、ぼくは嬉しくて「あい!」と大きな声で返事をして固まった。
その人は、ぼくに素早く近づいて自分の膝に抱き上げてしまったのだ!
「かわいいな。僕のことは兄様と呼んでね、レン。仲良くしようね」
「……あい、に、にいたま」
膝抱っこで向かい合ったまま、ぼくは言われるままに返事した。
ブルーベル辺境伯領騎士団、団長子息ヒューバート・ブルーベルはギルバートさんによく似た金髪碧眼の美少年で……車椅子に乗っていたんだ。