ドラゴンの卵
昔々の、そう百年も昔の話である。
とある王国にとても強欲で我が儘な王がいた。
ある日、いつものように国王は大臣を呼び出し無理なことを言い出した。
「竜だ。竜をペットにしたい」
国王の要求に大臣は絶句した。竜はこの世界で最も強く獰猛な最凶の生き物である。その竜を飼うことなど不可能であった。
「国王様、お言葉ですが竜は大変凶暴です。その竜を捕らえて飼いならすことは不可能でございます」
「不可能? 普通に考えればそうだな。しかし、聡明である私はその不可能を可能にする方法に気が付いたのだ」
国王は鼻高々に言い放った。一方、大臣の顔は優れないままであった。
「流石です国王様。それで、その方法とは何でしょうか?」
「卵じゃ」
「卵……ですか?」
「そうじゃ。捕らえるのは竜ではなく竜の卵じゃ。お前は刷り込みという言葉を知っているか?」
刷り込みとは卵から孵ったひな鳥が最初に見た者を親だと認識してしまうというものである。大臣もこのことは知っていたが国王を立てるために知らないふりをした。
「恥ずかしながら存じ上げません、よろしければ未熟な私にご教授いただけないでしょうか」
「ふん、無知な奴め。仕方ない教えてやろう。刷り込みとは卵から孵った雛は最初に見た者を親と思い懐くというものだ」
「さすがは国王様、博識でおられます」
大臣のわざとらしいおだてにも気づかず国王はふふんっと鼻を鳴らした。
「この習性を利用して竜をペットにするのだ。兵を出して竜の卵が取ってこさせるがいい」
大臣は困った。先にも言ったが、竜は強く人間にはとても敵わない存在だ。その竜の卵を奪いに兵を出すなど貴重な兵力を捨てるのと同義であった。
しかし、大臣は王の命を真っ向から拒否することはできない。大臣は笑顔を崩さずどうにか王の機嫌を損ねずに出兵を避ける方法を考えた。そして、短時間で導き出した答えを大臣は国王に提案した。
「我が国の兵たちなら確かに竜の卵を手に入れるのは容易いです。しかし、兵たちにはこの国を守るという大事な役目があります。そこでどうでしょう、竜の卵に賞金を懸け、民に献上させるというのは? 如何でしょうか?」
国王は大臣の提案を快諾し、すぐにお触れが出た。
『王に竜の卵を差し出した者に褒美として金貨百枚を与える』
間もなく、国中の腕に覚えのある者たちが次々と竜の卵を求め、竜が棲む山へと旅立った。しかし、帰ってくる者は一人もいなかった。
そして、なんの成果も出ぬまま半年が経った
竜の卵が手元に来るのはいつかと楽しみに待っていた国王であったが、いつまでたっても朗報が届かない状況に我慢の限界を迎え大臣に命令を下した。
「やはり民は頼りにならぬ、最強の我が国の兵を出し今すぐ竜の卵を私の目の前に持ってくるんだ」
国王のあまりの気迫に今度は大臣もうまい言い訳が思いつかず出兵をすることを約束してしまった。
すぐに大臣は兵隊長を呼び出し命じた。
「王からの勅令だ。百の兵を率いて竜の卵を取ってこい」
兵隊長は猛反対したが大臣が聞き入れることはなく一週間後の出兵が決定した。
翌朝、兵隊長は竜と戦うための武器を求め武具屋を訪れていた。
しかし、半年前から竜の卵に懸賞金が懸けられていた国内では既に竜と戦うための武器は殆ど買われてしまっていた。
「五日以内に竜狩りの武具を一式百人分揃えてほしい」
「隊長さん、申し訳ないが30人分も揃いませんよ」
「……可能な限りでいいんだ、頼んだぞ」
予想通りの返答にがっかりしながらも兵隊長はそう言い残し武器屋を立ち去ろうとした。すると店主は兵隊長を呼び止め一枚のメモを渡した。そこには街にある酒場の名前が書かれていた。
「これは?」
「幸運にも今この街に伝説の商人が来てます。噂ではそこの酒場に入り浸っているらしいです。この方なら竜狩りの武具百人分調達できるかもしれません」
兵隊長は店主に礼を告げメモの場所に向かった。
酒場に着いてから兵隊長は来る時間を間違えたと思ったが、意外にも酒場は既に開いていた。
酒場の扉を開けると昼間だとういうのに繁盛していた。
カウンターにいた酒場の店主に礼着としてウイスキーを頼んでから尋ねた。
「武具屋の店主からここに伝説の商人とやらがいると聞いたんだが、今いるか?」
「へー、兵隊長さんがわざわざ訪ねて来るとは、もしかして竜の卵関係かい?」
勘の良い店主の言葉を兵隊長は笑って誤魔化した。
「それで今いるのかい?」
「あそこで飲んでるのがそうだよ」
店主はカウンターの端でひとり飲んでいた若く綺麗な赤茶の髪の女を指さした。その女こそが伝説とされる商人であった。
兵隊長は伝説の商人が女であることに内心驚きながらもそれを顔に出さずに店主に頼む。
「紹介してくれないかい?」
「紹介してもいいが……美女と話すにはまだ酒が足りないんじゃないか?」
店主の意図を察した兵隊長は出されていたウイスキーを一気に飲み干しておかわりを要求した。
店主は満足そうに笑いながら空いたグラスにウイスキーを注いでから、伝説の商人と称される女に声をかけた。
「お姉さん、あなたにに上客が来てますよ」
女はすでにかなり飲んでいるようで頬が赤く染まっていた。
「私に上客?」
店主は頷きながら兵隊長を指さした。じーっと店主の指の先を追いかけていった女の座った目と兵隊長の目が合った。兵隊長はぺこりと頭を下げたのに対し、女はニッと笑った。
女はジョッキの残りを一気に飲み干すと立ち上がりふらふらと兵隊長へと近づき、隣の席に座りなおした。
「やあやあお兄さん、私に用だって? なんの用かは知らないけどとりあえず一杯奢ってくれないかい?」
兵隊長は出費が重なる日だと苦笑いした。
「マスター、彼女に一杯、私の奢りで」
兵隊長が言い終える前に店主はジョッキにビールを注ぎ始めていた。ビールが女の前に出されると、女はゴクゴクと音を立て一気にジョッキの半分を飲み、ぷはーっと満足そうに息を吐いた。
「それで用っていうのはなんだい?」
「その前に確認しておきたいんだが、伝説の商人というのはあなたで間違いないんだな」
「ふふっ、伝説の商人ねー、まあそうだね、そう呼ぶ人も結構いるね」
「……失礼なことを聞くが、なぜ伝説の商人なんて呼ばれているんだ? なにか伝説があるのか?」
「おいおい兄さん、伝説を本人に語らせる気か? 知りたかったら適当に他の国に赴きな。運が良ければ伝説を聞けるよ。さあさあ本題に入った入った」
怪しさを感じながらもダメで元々なため兵隊長は本題に入ることにした。
「竜狩りの武具を五日以内に100人分揃えてほしい」
「竜狩りの? いいよ」
女はあっさりと答えた。
軽快すぎる返答に不信を抱きながらも商品は城に届けるよう頼み席を立とうとしたところ女に止められた。
「しかし、なんで竜狩りの武器がそんなに必要なんだい?」
「知らんのか?」
兵隊長は女に王が竜の卵を欲していること、竜の卵を差し出したものに褒美が出ること、結局誰も卵を王に差し出せていないため王国兵が竜の卵を取りに行くように命じられたことを話した。
すると女は愉快そうに笑いながら言う。
「じゃあ、竜の卵を届ければ武具はいらないんだね?」
「それはそうだが……できるのか?」
「ふふふ、三日後にまた会おう。金貨百枚用意して待ってな」
女はそう言い残し酒場を出て行った。
三日後、女は約束通り城に現れた。女の手には木箱があった。
女は兵隊長を含めた数名の兵に連れられ国王が待つ謁見の間に通された。
「竜の卵を持ってきたというのは本当か?」
「はい、ここに」
国王の問いに女は自信満々に答えると木箱を開け、中から全長20cm程の卵を取り出した。卵には炎のような赤い模様が描かれていた。
「それが竜の卵か。しかし、思っていたよりも小さいんだな」
「何をいいます国王様、どんな生物でも赤子は小さいものですよ。竜とてそれは同じ。赤子が小さければ卵も小さいのが道理ではないですか」
「ふーむ、そういうものか」
「そういうものですよ。それでは早速料理しましょうか」
女の言葉にその場にいる誰もが驚いた。
「料理だと? お主は何を言っているのだ!? 卵を取ってくるように命じたのは竜を赤子から育て我がペットにするためなのだぞ、それを喰うだなんてとんでもない」
「はて? そうだったのですか。私はてっきり不老不死のために食べるのかと。これは失礼いたしました」
女は深々と頭を下げて詫びた。しかし、国王にはどうしても聞き逃せない言葉があった。
「待て、不老不死だと? 竜の卵を食べると不老不死になれるのか?」
頭を下げたまま女がニヤリと笑ったのに兵隊長は気がついた。しかし、その笑みの意図は理解できなかった。
「おっと、不老不死は言いすぎました。竜の卵を食べれば力がみなぎり100年寿命が延びると言われています。無論、若さも保ったままです」
国王は少し考えてから女に問う。
「それは真であろうな」
「わが命に懸けて真実であります」
国王は再びすこしの間考えてから口を開く。
「よかろう、それでは今すぐ調理して我の前に持ってくるがよい」
「仰せのままに」
女は兵に案内され調理場へと向かった。
10分後、商人はクローシュ(銀色の皿と半球型の蓋)をひとつ持って戻ってきた。
蓋を開けるとどこによく見る卵焼きが皿の上に乗っていた。
「おお、これが竜の卵焼きか」
女はにっこり笑うと、
「ご賞味あれ」
と国王に差し出した。
国王は一口頬張るとおおっと唸った。
「なんて濃厚なんだ。これは鶏の卵とは全く違う、これが竜の卵か」
「ご満足いただけたでしょうか?」
「うむ。褒めて使わす。この者に褒美を」
こうして伝説の商人は金貨百枚と新たな伝説を手にして城をあとにした。
翌日、女が国を出ると聞いた兵隊長は礼も兼ねて見送りに行った。
「今回は本当に助かったよ。改めて礼を言う」
「なーに、気にしなくていいよ。お礼はこうしてたんまり貰ったし」
女は金貨百枚が入った布袋を自慢げに見せた。
「それは竜の卵を王に献上した褒美の品だから私の礼とは別物だ。しかし、本当によく竜の卵を持ってこれたな」
「おいおい、兵隊長さん。まさか、あんたまで本当にあれが竜の卵だと思ってるの?」
女のまさかの発言に兵隊長は目を丸くした。
「ちょっと待てそれはどういうことだ?」
「おいおいマジかよ、兵隊長さん、あんたも純粋だな。あんな爺さんのためにわざわざ本物の竜の卵を取りに行くわけなんてないだろ」
「爺さんとは……国王のことか。それで差し出したあの卵はいったい……?」
「あれはダチョウの卵だよ」
「ダチョウだと!? そんなものを竜の卵として差し出したのか?」
「そうだよ。それっぽく見えただろ?」
「それっぽくって……いや、確かに実際にこうして騙されたわけだが」
「まあ、それ相応の工夫はしたからな。ダチョウの卵の大きさは本物を知らない奴にはもしかしたらそうかもって思わせるには十分な大きさだ。だが、実際はあの爺さんの言った通り竜の卵はもっと大きい」
「うーむ、確かに思ってたより小さいとは思ったが、ああも自信満々に言われたらそういうものかと思ってしまった」
「ちなみに卵の模様は本物と一緒だ。あたしがわざわざ模してペイントした」
「模様はわざわざ自分で描いたものか……確かにあの模様でより竜の卵だと信じてしまったのは事実だが。しかし、大胆なことをする奴だ」
「ははっ、まあバレなかったから問題ないだろ。お陰で兵隊長さんたちも無駄に命を張らなくてよかったんだからいいじゃない。じゃあ、あたしは行くよ」
「ああ。間違っても王が生きているうちにこの国には訪れるなよ」
「ということは、次にこの国に来れるのは100年後かな」
そう笑って女は歩き出した。と、思ったらすぐに止まり振り返った。
「おっと、忘れてた。受け取ってくれ」
親指で何かを兵隊長に弾き飛ばした。兵隊長はそれをキャッチし何かを確認すると一枚の金貨であった。
「これは?」
「口止め料さ。受け取ってくれ、じゃあ、また100年後に」
「ああ、また100年後に」
こうして伝説の商人は去っていった。
そして現在、伝説の商人はかつて国があった土地を訪れていた。
伝説の商人は朽ち果てながらもなんとか城の形を保った廃墟を進み、かつて王と謁見した間へ行くと、いまだになんとか原形を保っていた玉座に腰かけた。
そして、持参した弁当を開け、卵焼きをひとつ頬張った。
なろうラジオ大賞の企画を見て考えた短編です。
どう足掻いても1000字には収まらないため一度書くのをやめましたが、折角考えたのにそのまま封印は勿体ないと字数気にせず書き上げました。
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