第9話 ファブリシア公爵家とヒロイン(前編)
社交のオフシーズンとなり王都で政務を行っていたお父様にも休暇が与えられて、王都のファブリシア公爵家別邸には最低限の人員を残して、帰省してきた。
王国の貴族に対する休暇の規定は、假寧法によって定められており、王都で執務を執り行うものでも原則数年に1度、30日の定省休暇が与えられて本領へと戻ることができる。ただし30日の日程には往復の旅程も含まれている上に、多少余裕を見て王都へ戻る必要もあるので見た目ほどには本領で出来ることは少ない。
とはいえ、最後にお父様が帰省したのはこの定省休暇によるものではなく、私の弟――お父様から見れば実子――の葬儀のためであったが。
ともかく、今回のお父様の帰省の目的は比較的明瞭である。
私が道化師・ユーリを使って裏でこそこそと金を浪費していたのはお父様であれば知ってはいただろうが、その中で初めて新金属による食器が莫大な利益を生み、社交における一大旋風を巻き起こしたことについてであろう。
だからこそ、お父様は一度私の臣下であるユーリとの対面を望んでいる。お父様の直接の家臣ではないので、ユーリからすればお父様の命に必ずしも服する必要はないのだが、彼女の合意の下で顔合わせの場は作られた。
そして、全てを知るセバスもフォロー役として同席させる。
「――お父様、こちらが道化師のユーリですわ」
私の一声を皮切りに、お父様はユーリの方へと向き直り手を差し出しながらこう語りだした。
「……ふむ。噂はかねがね聞いているよ。銅鏡に貴金属から武器制作に至るまでこの娘の無茶に応えているようだね。
改めて言うまでもないことだとは思うが、新金属の食器。あれは公爵家の名声を飛躍的に高めてくれた。財政にも社交にも大助かりだ、礼を言う」
それからお父様とユーリはいくつかやり取りを重ねる。正直ユーリのお茶を飲む所作はコレット以上に見ていられないものだが、茶会という場でもない上に自称・異世界人であり明らかに文化的な差異がある状況でこちらに無理に合わせさせているので、如何に臣下であるとはいえ強く言い出すことは私にもできなかった。
そして会話の折を見てセバスがユーリと周囲の侍女に対して退席を促す。護衛も部屋の外へと配置転換を行い人払いをする。
その様子を傍目で見ていたお父様は、部屋に私達親子とセバスの3人だけになると、露骨に姿勢を崩して椅子の背もたれに寄りかかる。
「ヴァレリアーナ」
「……何でしょう、お父様」
「……まさかお前みたいな猜疑心の塊が、どこの馬の骨とも分からぬ素性の者を手元に置き、あまつさえ信任して使っているなど心変わりもするものだな、とね」
私の猜疑心云々に関しては明らかにお父様譲りのものではあると思うけれど。私の傅役に任じたセバスも、私の補佐の為に付けられたと理由よりも、私の行動を逐一監視し報告するためにお父様が実の娘を警戒するがために付けられた人材であったことは明らかである。
さらに、弟が生まれたことで弟を世継ぎにすると決めてからは私への監視の目も厳しくなった上に、弟の死に伴いお父様は私のことを深く疑ってもいた。
そんなお父様の評価を私が下すことが許されるのであれば、家族としては決して及第点を与えることはできないだろう。しかし貴族当主として語るのであれば、当代随一の稀代の器量の持ち主でもある。
少なくとも、私の公爵令嬢という今の身代ではあの新金属の食器をここまでの流行にのし上げることは不可能であっただろう。
お父様の手腕とこれまでの実績、そして実の娘を王家との縁組に利用できる権勢――そのすべてが今の私では決して成し遂げることの出来ない高い壁である。
お父様は領地の差配を弟の死後ほとんど私に一任しているが、これも領地経営の意欲を失ったとか俗世への関心を失ったとか、あるいは私のことを信頼するように心変わりした……というわけでは断じてなく、ただ王都での政務が領地経営よりも実利の面でも名声の面でも有利に働くから、それだけなのである。
そしてそんな優先順位が低いとはいえ代々伝わる所領を私に預けたのも、他の一族や縁戚の者をお父様は全く信用していないだけであり、直接後見できる立場である私を据えた方が都合がよかっただけだ。
――しかし。その領地経営について問題が生じている。
以前、道化師・ユーリにより指摘された封建法と相続法の解釈次第では、王家は封土の返納を求めることができるという内容だ。
仮に私が所領を実質的には差配し続けるとしても、名目上は別の人間を立てる必要がある。
そしてこの件は、お父様も私とユーリのやり取りを知らされているはずだ。
だからこそ今回の帰省にはユーリとの面識を作ることのほかに、この統治体制の再構築を私と詰め合わせるという意図もあるのであろう。
「……で。お前の周りで色々と動いているのは知っている。それが、先の道化師風情をも使っていることもな。
だが、お前の統治権限を強めてどうするのだ。遅くともグレゴワール王子との結婚前には領地を差配できる人間を別に用意する必要があるのだぞ。その辺りどう考えている?」
偶然なのか故意なのかは分からないが、幸運にもユーリが新金属をはじめとして公爵家に利益をあげることが適っているため、お父様も私を即座に領主代理の座から追いやることを躊躇しているのだろう。
このまま私に任せていれば更なる利益の可能性もあるが、一方でいつ政敵が法的なロジックに気付いて政治的な一撃を与えてくるのか分からない。そして最も肝要なのがお父様が私と同等以上にまだ信用できる統治代理適格者が存在しないということだ。
だからこそ私に意見を求めにやってきたのだろう。そして、それ故に私はこの一手を打つことができる。
「……お父様。そのことについて1つ提案が」
「聞こうか」
「三百年に王家を叛逆を起こしたカトゥー家の末裔の娘を確保しております。
その娘……コレットをお父様の猶子として、当面は義理の姉にあたる私を後見役として書面上はコレットに監督させているように見せかける……というのは」
現状打開の策としてコレットを利用するものだ。
既に滅んでいることと王家に叛逆を起こしているという大問題があるものの、古の血統だけで評価するのであればカトゥー家は我がファブリシア公爵家と同等以上の相手ではある。
そして名義上の統治役としてコレットを立てることによって、私に纏わりつく法的な弱点を解消できる。
その私の発言を受けて、お父様は返す。
「――反対だ。それであれば親族で代理人を立てる方が幾分かましであろう。
わざわざ赤の他人……それも常人よりも信の置けぬ者に領地の統治権限を分け与えるなど言語道断……」
お父様がコレットのことを信用できぬと一蹴しようとするのを、私は言葉を遮ってこう告げた。
「――それが、カトゥー家という反王家の旗頭と公爵家を連衡する策だとしても、ですか?」
「……つまりカトゥーの娘個人には恩を売り、反王家の勢力ごと我が公爵家へ取り込め、と? 貴様を使って王家と婚姻策を進めている傍らでそれをやれというのか」
「ええ。それに手元に居るのであれば生かすも殺すも自由ですもの」
まあ猶子とはいえ、貴族身分を付与するとなると殺すのは少々趣向を凝らす必要があるけれど。
「……婚約典範の件もあったな。王子から下賜された『アイリスの花』は見つかったか?」
それにお父様が言うように、既にコレット自身には婚約典範の話のように公爵家を貶めることのできる、あるいは私に対して不利に働く情報を有しており野放しにする方がはるかに危険なのだ。
「蔵の奥にしまっていた小箱の中にありましたわ。……もう十年幾ばくも経つというのに風化はおろか花びら1枚すら欠損した様子はありませんでした」
そういった自然には決してあり得ぬ切り花の様子を見せられてしまえば、それが『聖別』された品であることは明らかであり。同時にコレットの話していた婚約典範にまつわる話が真実であることが証明され、もし与り知らぬままで居たのであれば、この花を見つけることが適わずに深刻な事態に見舞われていた可能性すらあった。
そして、その年代物と化したアイリスの花をお父様にも見せると、ため息を吐く。
「まさか、真であったとはな。
……一応、カトゥーの娘、というか小娘を預かっていた診療所の近傍は私も調べてみたが、彼女を裏で動かそうとしている人物にぶつからなかった。お前も調べているとは思うがね」
私は頷くことで返答とする。
そうなのである。一向にコレットの裏にいると思われる反王家勢力の全容が明らかにならない、どころかその一端も掴めない。彼女の宗教知識と、その動向の掴めなさから宗教勢力の関与も踏まえて調査は続けているが分からないのである。
王都側から調査を進めていて、私よりも確たる手足を有するお父様でも掴めぬ、となると本格的に反王家陣営に対しての備えが必要不可欠となる。
もし先の婚約典範の話が嘘であったのであれば、もう少し違う形で調査を進めることもできたであろうが、真実となったことでお父様の中でもコレットに対する危険度と警戒が急上昇する。
何せ私とグレゴワール王子の婚姻が成し遂げられれば、お父様は外戚となり、そうした反王家勢力との駆け引きに無縁ではなくなるのだから。
「反王家の旗頭があるにも関わらず、その旗を担ぐ者が分からない。
だが、かといってお前の婚姻を無効にする理由には弱いが、このままでは分かっていながら危険に飛び込むことにもなりかねん。難しい状況だな」
お父様は己の考えをまとめるようにつぶやく。
そしてここで私に対して意見を求めるように話を区切るのは、この状況を打開する策を欲しているわけではなく。私の意志と忠誠心を確認しているのだ。
で、あれば。コレットの猶子工作を進めるためには私から言う言葉は、これになる。
「お父様。
――最悪の場合、コレットを擁立して私もろともこの王国を潰してください。そうすれば我が公爵家が新たな王家となります」
「王家側にはお前を賭け、まだ見えぬ反王家陣営に対しては旗頭たるコレットにファブリシア公爵家の家名を与えることで、親王家でも反王家でも、どちらでも動けるようにする、か」
これで一応。公爵家としては反王家勢力の策略が成功すればコレットを擁立する形で実質的に次期王家として成り上がることができ、順当に失敗したところで私は王妃の座に収まる。どちらに転んでも公爵家としては悪くない。
そして、お父様が初めてコレットの名を口に出した、ということは大分乗り気に持っていくことができた。
今後の展望の難しさを対価にはしたが、それでも私の求めたコレットの猶子工作は推し進めることが出来そうである。
「コレットの血統の問題も、全てが為された後にでもうちから婿養子をあてがえばどうとでもなる話か。
で、失敗すればコレットを切り捨てれば良し。万が一成功した暁には最早お前1人を王家の連座から救うことなど他愛もなくなる。
……確かに、悪くない。よろしい、そのまま進めてみなさい」




